映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ハーマン・ヴァスケ 監督「天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント」3271本目

これ、作品としての評価はあまり高くないみたいだけど、今は亡き人たちや、なかなか個人的な意見を聞く機会のない人たちの肉声が聞けるのがすごいです。いろんな監督や俳優の作品リストを見ると、これが入ってることが多くて…(そりゃそうだ、出演者が多いから)やっぱ一度見ておくか、と。

「Why are you creative?」って、「傑出した創造性を持つのはなぜか」というより、「なぜあなたは創造するのか(したがるのか)」「なぜいつも新しいことをやろうとするのか」みたいな意味だったりするのかな。creaiveじゃなくてsupportiveなら「なんでいつも親切なの?」になるんじゃないかな。この質問は、定点観測的にこのインタビュアーが常にあらゆるインタビュー先に尋ねることによって、なにか共通したもの、あるいはその人独特のものを浮かび上がらせようっていうこざかしいテクニックであって、「なぜあなたは親切なのか」と同様、その人が何と答えようと、本当は答はなくて「そんなこと知るか」が正解。でも、そういう紋切り型の質問にどう答えるかで人となりが表れるのも事実。この映画の観客は、そういうこぼれ落ちてくるものをすくい取って味わえばいいわけだ。(そもそも、彼らの才能の発言は絵画や映画なので、舞台裏の彼らの人となりなんて、知らなくてもいいことだけど)

そんな質問に適当に答えようが誠実っぽく考えこもうが、何らかの回答をしてくれるだけで十分思いやりがある。目に見えないものを言葉にできると思っている人や、わかりやすく言葉で伝えることを重視する人は、何かわかりやすい言葉を使おうとする。自分に少しでも忠実でいようとすると、言葉は出にくくなる。どっちがいい、悪い、というものでもないな。

とてもつまらない一つの質問で、割と面白い一本のドキュメンタリーのようなものができた、というもやもやした気持ちになりました…。

 

ジャック・ドワイヨン 監督「ポネット」3270本目

<結末にふれています>

この映画、何年も前から「見たいリスト」に入れてたけど、U-NEXTに入ってるって先週気づいた。こういうの多い。知らないうちに4Kリストアされてて、画質も新作みたいに美しい。ポネットちゃんのふわふわほっぺも鮮やかに可愛らしいです。やたらこの映画の中で泣くのがかわいそうでなんとも言えん…。

ずるい。こんなに小さくて愛らしい生き物に悲しい演技なんかさせて。泣かせやがって。(それほど泣かなかったけど)

最後にいつもの姿で登場するママ。なんとなくヤマザキマリみたいな、さっぱりして明るい感じの女性です。「やっちまったから私はこっちに来たけど、お前は楽しむことを覚えなさい」と言い残して去る。子どもに対する執着を、彼女はもう断ち切ってる。これほど可愛い小さい娘が一緒に行きたがっても、すぱっと断ち切る。ここがこの映画の肝なのかもな。日本映画だったら、この場面の母が泣かないことは考えにくいけど、この映画ではママのさっぱり感でポネットも見てるほうも救われる感じがする。当たり前だけど、死んでも性格が変わるわけじゃないのだ…。

ポネット(字幕版)

ポネット(字幕版)

  • ヴィクトワール・ティヴィソル
Amazon

 

ダニー・ストロング 監督「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」3269本目

このシャイな男が、自分の痛みを文章にして世に問うたことは、多分アメリカだけでなく世界の文壇を変えたし、世界中の傷ついた男たち(女性も)を少し救ってきたんだろうな。私も若いころに「ライ麦畑」や「ナイン・ストーリーズ」を読んだ覚えがある。

あっという間に筆を折ってしまったことは、胸が痛くなるくらい残念だけど、そのとき隠遁生活に入らなかったら、きっと彼はジョン・レノンみたいに崇拝者に殺されてしまったんじゃないかな。その後の人生がおだやかで幸せであってくれたら、と思います。

彼が、戦争に行って病むほどの経験をしないままだったら… もっと甘ったるい小説を書いていたかもしれないし、鋭い小説を10冊以上書いたかもしれない。What if?を考えてもしょうがないけど。失われた少年を恋しく思うような気持ちになってしまうのでした…。

 

アンヌ・マリー・ミエヴィル/ジャン・リュック・ゴダール 監督「ゴダールのマリア」3268本目

<結末にふれています>

コロナ禍のひきこもりに疲れて、熊本一泊しています。なんとなく立ち寄った「熊本市立現代美術館」の上映会(無料)で、こんな珍しいものをやっていたので、県民のみなさまに混じって見てきました。

ゴダール苦手だし、DVD売り切れ、レンタルでもVODでもまったく見られない秘宝的な作品…ということは…超難解な珍品の可能性大。でも、ゴダール作品の中ではむしろわかりやすかったと思います。なぜならタイトルの通り、テーマが「処女懐胎」だから。いつもゴダールが追っかける系の(そして、つれなくされる系の)奔放で妖精みたいな美少女が、彼女の信奉者に手も触れさせないのに妊娠してしまいます。

彼氏は夫になっても結局彼女に触れることもできないまま、息子はそれとなく「しるし」を示したりしながら大きくなって、かといって神格化まではいかないまま、家族の日々を描きつつ映画は終わります。なんかラブコメ~ホームドラマのパロディみたいだった…。

ちなみに28分の短編+ゴダールの処女懐胎、という構成になっていて、前半はフランス人のこなまいきな小さい女の子と家族の話なのですが、そっちはなぜか睡魔との闘いでした。(フライトが朝早かったからだろ?)

ジョナサン・デミ監督「ストップ・メイキング・センス」3267本目

「アメリカン・ユートピア」の流れでこれも再見してみました。35年前の作品。

若~~い。痩せてる。青筋立ってる。ティナ可愛い。これ初めて見たとき「音楽性高い、完成度すごい」と思ったけど、「アメリカン・ユートピア」を見た後では、何もかもが「途中」に見える。デイヴィッド・バーンは、内部に何か完成したものを持つアーティストだったんだな、今になってやっと、その内容をつまびらかに広げて見せることができるようになった、と感じる。トーキング・ヘッズもすごいバンドだけど、彼の内面の成長に合わせて変幻自在に変わることはできない、別の人格だから。彼には今のプロジェクトごとの単発の舞台を作り上げるやり方が合ってる。

前に見たときも書いたけど、やっぱりティナのベースラインがめちゃくちゃキレキレだなぁと思う。彼女が歌う「おしゃべり魔女」の「彼氏とコカインやってていっちゃった」みたいなフリーダムな歌詞も可愛い。彼女のダンナであるドラマーは「ソーシャル・ネットワーク」に出てたっけ?みたいなITスタートアップ感つよい。

デイヴィッド・バーンは、歳とってすごく二枚目になったよなぁ。この頃はちょっとコメディアン風だけど、今は二枚目俳優かイケメン大学教授みたいだ。そして今もなんて声がよく出るんでしょう。年月が彼を熟成したんでしょうか。やっぱり「アメリカン・ユートピア」買おうかな…どうしようかな…

 

スパイク・リー監督「アメリカン・ユートピア」3266本目

渋谷パルコの劇場で見よう見ようと思ってたのに、もうVODに降りてきてしまった。これスパイク・リー監督なんですね。そしてタイトルの「ユートピア」は上下がひっくり返っている。邦題は「アメリカン・ディストピア」が正しいんじゃないか?

それにしても素晴らしい。歌もダンスも美術も演出も完璧だ。なんでこんなに素晴らしいと感じるんだろう、そしてなぜ、「ストップ・メイキング・センス」のときも、感想に「素晴らしい」という言葉くらいしか残せなかったんだろう。あまりにもこの1本(1つの舞台)の完成度が、完結度が高すぎて、他につながっていかないからかな。何とも比較できないし、影響を受けて何かを作ることも難しそうな。

この人は「ストップ・メイキング・センス」から今まで、何をしてきたんだろう。すごく真面目に自分の周りの全世界を見つめてきて今があるんだろう、という安定感。なにか、自分を信じて頑固に頑固に生きていくことの意味を見せつけられたようで、意図してないかもしれないけどすごく勇気をもらってしまった。ニューヨークにも信頼に足る人間がいて、何十年も自分独自のやり方で人を信じて、尊厳を尊重しつづけてきた人がいる。そんな人生のすべてを詰め込んで作り上げた舞台だから、見る人にそれが届く、ということなのかな・・・・。それくらいしか言えないです。

VODのレンタル期限中、何度も見てみようと思います。

************************************

5回くらい見たかな。そろそろレンタル期限が切れるので、もう一度感想を書いておきます。

何度でも何度でも見る。デヴィッド・バーンより変な踊りをぐにゃぐにゃ踊りまくりながら見る。最後「ロード・トゥ・ノーウェア」でいつ舞台から降りたか、何度も同じ個所を見直す(結局降りる瞬間は映ってなかった)…これが家で見る醍醐味だ。

冒頭、脳の模型を持って出てきたときは、まるでTEDトークみたいだ。デイヴィッド・バーンの風貌、表情、服装はTEDスピーカーだし(TEDスピーカーのほうがよっぽどカジュアル)なのに声一発、最大ボリュームで叫ぶ。最先端の哲学みたいでもあり、インドの太古の詩人のようでもある歌詞。イギリス的なルックス、ロンドンではない英国辺境の頑固さや強さと、ニューヨークの豊かさがどういうわけか共存してる。全体の人数の割に多すぎるパーカッションで、土着の、民族的な音楽のおもむき。メロディはシンプルだけどコードは複雑。世界が一つのバンドだったら?を体現したような、ダイバーシティそのものの構成。ダンサーの二人は属性が真逆で、同じ動きをしても違うことをしてるような感じがするのに、二人で踊っているのを見るのが気持ちよくて仕方がない。

…不思議な点をいくつ挙げてみても、どうしてこんなに惹きつけられるのかちっとも説明できない。不思議でまた見てしまう。もうこれDVDで買えよ私。

それより、こうなると「ストップ・メイキング・センス」が気になって仕方がないので、これから再見してみることにします!

アメリカン・ユートピア

アメリカン・ユートピア

  • デイヴィッド・バーン
Amazon

 

大九明子 監督「勝手にふるえてろ」3265本目

若さはバカだ。バカとバカのぶつかりあいだ。

松岡茉優はいいですね。普通っぽい女の子も、こじらせた女の子も、複雑な生い立ちの女の子も、そこで生きてるように演じてくれる。よしかは、面倒くさ可愛いなぁ。ある意味理想の若い女の子とも思える。渡辺大知も、べつにカッコよくない隣の部署の人として必死にそこにいてくれた感じ。

綿矢りさの小説は、いつもグッとくるくらい面白いのだ。映画化してもなにも損なわれてない。どうしてこんなに、人やできごとを面白く書けるんだろう。

なかなか、ここまで心の声を明確に意識できないでいいカッコの上塗りを重ねる人がほとんどだろうし、こんな風にぶつかってわかりあっていける人ばかりじゃないから、こいつらバカだと思いつつ、うらやましいんだよね。

彼女は、こんな茶番で会社をやめたっていいのだ。そんな彼女をずっと見つめていたいという奇特な男に出会えてよかった。おめでとう、という映画でした。