映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ティエリー・フレモー 監督「リュミエール!」3376本目

先日ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリンのリュミエール(原題は「スクラダノフスキー兄弟」)」というミスリーディングなタイトルの映画を見て、本物のリュミエールのことも知りたくなって見てみました。

1860年代生まれの「映画の父」(父と伯父、か?)と呼ばれるこの兄弟。「ダゲレオタイプ」写真技術がやっと商業ベースに乗るようになった時代に写真館を開いていた父親(なかなか新しいもの好きだな)は、エジソンが発明した「キネトスコープ」を改良した「シネマトグラフ・リュミエール」という機械を開発。その後の兄弟の活躍は、「パリ万博で公開」とか「列車が向かってくると思って観客が逃げた」といったエピソードが知られています。

この映画は、実際のリュミエール兄弟の映像(約50秒)を多数つなげたもの、といってもいいくらい。1900年前後に初期の機材で撮ったとは思えない画質にも驚きますが、何よりすごいのは構図の完璧さ。写真を極めた人が、そこに動きをどう付けたら最高に効果が上がるかを研究しつくしたような印象です。ナレーションでも構図の凄さを何度も指摘してました。その後のさまざまな作品(特に白黒の頃のもの)で、見たことがあるような、わりと鋭角的でダイナミックな構図が多くて、なかなかスタイリッシュなんですよね。

面白かったし驚きもありました。この兄弟、今ならウェブベンチャーとかでけっこう大成してたタイプなんじゃないかな?

リュミエール!(字幕版)

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レジス・ロワンサル 監督「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」3375本目

<ストーリーに触れています>

劇場でも見たけど、U-NEXTで見直してみます。

劇場で見たとき私はけっこう盛り上がったけど、他の方々の評価は良くて「ソコソコ」くらいだった気がします。時間をおいて見直してみたらどうだろう?と思いました。

少しずつ原文を与えられて翻訳する場面は思っていたより短く、すぐに原稿が流出します。映画のちょうど真ん中あたりでもう、出版社社長が刑務所にいる場面が登場します。こんなに早かったっけ!…つまり、おおかた事実が出尽くして解決編に入ると思ってからが、長くて深かったんだな。初見のときは目を奪われて後半は時間を忘れてしまったという。私は犯人が誰かを明確に認識しながら見ているので、その人が犯人だと明かされる前にどういうふるまいをしていたかを辿るのが、すごく面白い。

刑務所での対決以降、犯人なのか犯人じゃないのかこの時点では確信がもてないその人は、複数メンバーを巻き込んだ壮大な原稿奪取~流出計画をとうとうと語ります。電車の中でスーツケースをすり替え~高速コピー機~渋滞にあってスケボー~すんでのところで乗車~ネズミを放って再すりかえ、このシーケンスは初見のときは完全に気持ちを持っていかれました。しかし刑務所の社長と彼の会話は警察が聞き耳を立てている。まだ何か大きな謎が、大きな犯罪が隠れているのでは…。

ここまでだとこの作品は「ユージュアル・サスペクツ」の仲間なんだけど、さらにさらに大きな転換を迎えます。人が初めて死ぬのはこの後…。

やっぱりすごく面白かった。大きな賞はなにも取らなかったけど、多分、30年後に「意外な結末の映画20」とかでこの映画を見つけて見た人は「こんな昔に、こんな映画が作られていたとは!隠れた名作!」って喜んだりしないだろうか。初見で欠点ばかり気になってしまった人ほど、結末を知った上で見直してみると、じわじわと良さが見えてくるんじゃないかな…。

ランベール・ウィルソンの鼻につく演技最高、”真犯人”が彼を追い詰めていくシーケンスも、ただ「凄い」。何千本映画を見ても、こういう作品を面白がれるといいなと思います。

あー、また見てよかった!

 

ギレルモ・デル・トロ監督「ヘルボーイ」3374本目

アメコミの原作をデル・トロ監督が映画化。でも画面にアメコミっぽさは感じられない。かなり徹底した、いつものデル・トロ監督の世界に仕上がっています。ロン・パールマン(悪夢小路ではサーカスの力持ち)が英雄って、なんか痛快。地獄で生まれた正義のヒーローの映画にこの監督を選んだプロデューサーの選択は、正しい。

この映画には、「シェイプ・オブ・ウォーター」と似た異形の半魚人が登場するので、あの映画の次に見ると安心感がありそう。もっというとパンズ・ラビリンスのパンにも似てる。(演じてるのは全部同じダグ・ジョーンズなので当然か)いや、「シェイプオブウォーター」の前日譚と考えるのも楽しいかも。魔法を使った魔物の召喚、遊園地、地下鉄の駅でうごめく軟体動物も出てくる。魔物のヨロイは体にフィットしすぎて、金属の体のように見えます。デル・トロ監督の大好きなものたちが全面にちりばめられているけど、この監督は意外とエンタメ心も強いから、彼の監督作品よりプロデュース作品のほうが暗く切なく感じられて好きかも、と最近思い始めました。つまり、アメコミの映画化にデル・トロ監督は向いている。この作品ではぴったりはまったんじゃないでしょうか?あんまりほめてる人多くないけど。

(だからって続編まで見る元気は、今はないなぁー)

 

ギレルモ・デル・トロ監督「ミミック」3373本目

この監督の作品、続けて3本目。タイムリーなパンデミック題材です。

しかし…こ、これは…私が唯一本当に生理的に苦手なあの昆虫が多数出てきていますね。通常の大きさでも苦手なのに人間ほどの大きさになって、立ち上がって二足歩行で来ますね。ひぃ~~~

こういう画面が暗い作品って何が怒ってるのかよくわからなくて(目が悪いのかな、テレビの設定はこれ以上明るくできないんだけど)この作品で表現しようとしたことの3割くらいしか受け留められなかった気がするけど、よく見えたら最後まで見切れなかった可能性高いので、なんとも…。

デル・トロ監督らしい異形のものへの愛がこの昆虫クリーチャーにはなぜか全く感じられなかったのが残念。

あまり考えたくないことだけど、もしかしたら私は、デル・トロ「監督」作品より、彼がプロデュースした別のスペイン語圏の監督の作品のほうが好きかもしれない…。

題材が私にはちょっとムリだったので、ミミック2~3の鑑賞はご辞退いたします。(監督ちがう人だし)

こんな奴ら、アース製薬に頼んで、巨大ゴキブリホイホイの餌でも食べさせてやればいいんだ!(←心の叫び)

ミミック (字幕版)

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ギレルモ・デル・トロ監督「クリムゾン・ピーク」3372本目

「ナイトメア・アリー」を見てきた流れで、他の作品も見てみます。今日はデルトロ祭り。

いつもながら、怪しげで残酷な美しさが満ち溢れた画面、素敵です。殺傷する場面が、相変わらずどきっとしますね。ナイフ怖い。一撃で死にそうな怖さではなくて、ちょっと予想外のところに来るのがショッキング。ただ、それ以外は幽霊さんたちもそれほど怖くないし、なんとなく”かわいそうな花嫁”ものは既視感があるので、わりと見やすい方の作品だったんじゃないでしょうか。

ミア・ワシコウスカは清純だけど強いヒロインに合ってるし、トム・ヒドルストンは人なつっこさが板についています。幼馴染を演じたチャーリ・ハナムは若干印象が薄いけど、そういう役なので良いのです。で、ジェシカ・チャスティン…弱い役も良い役もあまり見た記憶がなくて、なんとなく気の毒な気がしてきたりして…。

引き続き何本か見てみます。

クリムゾン・ピーク (字幕版)

クリムゾン・ピーク (字幕版)

  • ミア・ワシコウスカ
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ギレルモ・デル・トロ監督「ナイトメア・アリー」3371本目

<ストーリーに触れています>

サーカスとか見せ物小屋って、いかにもデル・トロ監督が好きそうな世界。(私も好きです)

これもまた監督の好きそうなビリケンさんみたいな異形のイーノク、確かにデカい。母親を死なせたけど自分もこんな姿になって、しかもたくさん縫われて「ヒョウタンツギ」みたいになってしまった。(リアルでなければ、もしかしたら可愛いかったかもしれない)
オタクを指す言葉として「geek」は「nerd」よりいい単語だと思ってたけど、「獣人」は「オタク」よりイヤだな。昔「Don’t call me a nerd!」って怒らせてしまったプログラマー青年はこの映画を見たら何て言うだろう。

出演者が盛りだくさんで、人間模様を見る楽しみの大きい映画だったと思います。ブラッドリー・クーパー(スタン)は、熱演だったけど心身共にすこやかな感じがあるので、病んでいく弱さや汚さはいまひとつ実感できなかった。「キャロル」ですごい演技を見せてくれたルーニー・マーラ(モリー)とケイト・ブランシェット(リリス)は今回はすれ違いです。二人とも相変わらず、めちゃくちゃうまい。ウィレムデフォーもいつも通りアクが強くてとてもいい。こうでなくちゃ。

悪魔の読心術(本屋に山積みされてるトンデモ本のタイトルみたい)のマスターを演じたのはやっぱり、デイビッド・ストラザーンだった。(「ノマドランド」と「黙秘」に出てたな)彼は赤い箱に入っていたメチルアルコールを意図的に飲まされて殺されて、読心術の秘伝書を奪われた、とみるんだろう。

メアリー・スティンバージェンは、純真だからこそするっと悪に陥れられる役割がありそうな予感がしていたら、やっぱり。

最後まで亡くした妻に会いたいと食い下がる富豪エズラは丸眼鏡で一瞬監督自身かと思ったけど、そのリチャード・ジェンキンズは「シェイプ・オブ・ウォーター」では隣に住んでた、冷蔵庫にたくさんパイをためてたゲイのおじさんか!見違えました。

ストーリーは、主人公が心理学者に陥れられたって見方が多いけど、彼女は自分のバッグの中の銃を見抜いた(負けた)男に読心術で勝ちたかった(彼を自分のものにしたかった)んじゃないかな、と私は受け取りたりました。それもまた、愛(かも)。

モリーがいったん逃げ出したのに連れ戻されたのは”死亡フラグ”だと思ったけど、ちゃんと逃げ切りましたね。デルトロ監督作品では最も清純なるものが生贄のように命を奪われることが多いけど、今回は彼女に幸あれと思います。

「I was born to be」だっけ、最後のセリフを「宿命」って訳したのはすごいな。字幕翻訳講座を受講しようと一瞬思ったけど、私にはやっぱり無理だわ。

特に演技面ですごく印象的なポイントの多い作品だったけど、驚きはなかったかな。デルトロ作品には新鮮な驚きを期待して見るので、そういう部分では「もっとやってほしかった」という気持ちも少し残りました。タイトルの「悪夢小路」そのものをガッツリ見せてもらえなかった不満感かもしれません。それこそがデルトロ監督のエッセンスであったはず。

1947年の映画化作品(「悪魔の往く町」)も見たくなるなぁ。U-NEXTにもアマプラにも出てないので、久々にコスミック出版の廉価版DVDを買ってしまいそう…。

ルイ・マル監督「ビバ!マリア」3370本目

ブリジット・バルドーとジャンヌ・モローがフレンチカンカンを踊る映画を、「死刑台のエレベーター」のルイ・マル監督が撮ってた?冗談でしょう?(ある意味もっとすごい。セミ・ストリップだもんね)

…と思いながら見てみたら、そういうシェルブールの雨傘みたいな映画ではなかった。心構えを間違えた。強いていえば「まぼろしの市街戦」みたい。ルイ・マル監督は、”茶化しながら(たとえば政府を)批判する”というより、誰も彼も全部を冷やかすようなところがある、と思う。この監督の作品は「五月のミル」を見たのが最初だったんだけど、あのひょうひょうとした世界にちょっと近い気もする。

冒頭、「アイルランド(「北」と付けてほしかった)」でバッキンガム宮殿みたいな兵隊さんたちに爆弾を打ち込んだBBのパパは、その後も世界各地でテロ行為を続ける。娘は同行するうちなんとなく革命思想を持つようになる。パパがやられた後、たまたま通りがかった旅芸人一座の踊り子がひとり傷心自殺をはかって欠員が出たので、やり手のジャンヌ・モローがBBを仲間に引き入れる。(亡くなった踊り子の目を閉じさせるついでに、つけまつげをネコババするジャンヌ・モロー、最高)旅芸人を続けるうち、熱心に通ってくれた革命軍の男たちの戦いに巻き込まれて、つい上手に銃を撃ってしまうBB。そこからはジャンヌ・モローもだんだん革命家の意識が生まれてきて、「マリア&マリア」として革命を成し遂げてしまう二人。最後はヨーロッパに戻って、ラテンアメリカンみたいな服でマリアッチたちと舞台活動にいそしむのだった。

ついあらすじを全部書いてしまうくらい、ストーリーはややこしくて予想がつかない。「まぼろしの市街戦」と言ってしまうとシリアスな部分もありそうに見えるけど、もしかしたらクレイジーキャッツとかドリフターズの昭和の頃のドタバタコメディに近いのかもしれない。(全部好き)

この作品も「淀川長治ベスト1000」に載ってたもの。あの本を見なければ見ることもなかった映画だけど、実に面白かったです。