映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

「杜人 環境再生医 矢野智徳の挑戦」3596本目

上映会にご招待をいただいて見てきました。土砂崩れが起きるような整地のしかたでなく、水と空気が必要なところに十分行き届く道を開けてやれば、植物は元気になり、水は上から下へ静かに流れる。人間の体中にあるツボを探り当てるみたいに、矢野さんがすっすっと「水脈」を切っていくと、木々も田畑も元気になって、地面も輝きだす。

この矢野智徳さんという方は、なんかすごい人だなぁ。土と、というか、地球とお話できるみたいだ。実際、相手が人間でも動物でも植物でも、相手が訴えようとしていることを自然と読み取れる人って存在するので、彼はその極み?なのかもしれません。

また、たたずまいが不思議。すごく誤解を受けることを覚悟でいうと、動物にたとえるとニホンザルみたいな人だと思った。話し方がのんびりしていて、発音がやわらかくて、なんかいつも静かに微笑んでる。

科学の用語がまだないような分野の科学的事実ってあると思う。彼がやってることを解明する科学はこれからついてくるんじゃないかな。地面を全部アスファルトやコンクリートで覆ってしまうのって、地面はどういう状態なんだろう、と恐ろしいような気持ちになったことがある人は私以外にもたくさんいると思うけど、それを解決する方法を知ってる人が存在したのは地球にとって朗報だ。

エセ科学とかおまじないの類を一緒にされないで、どんどんこのやり方が広まっていくには、彼の広報ができる有能な弟子が必要かも。彼が元気なうちに弟子が現れることを切に願います。

松居大悟監督「バイプレイヤーズ もしも100人の名脇役が映画を作ったら」 3595本目

田口トモロヲも松重豊も、主役の作品がいくつかあるはずだけど、いつから(というより誰が)彼らをバイプレイヤーズと呼ぶようになるんだろうなぁ?なんか、好きな俳優さんばっかり出てるし、脚本はいつも面白いふじきみつ彦さんだけど、期待していいんだろうか。

誰にでも、人に見られたい、認識されてできれば肯定されたい、という願望があって、「バイプレイヤーズ」というのは、矢面に立ってスターに伴う”有名税”を払わずに済む一方で変身願望も承認願望も満たせるという、実は理想的な職業ではないか?

なんとなく演技が若干カタくて、本人たちの日常とは思えないけど、パラレルワールドとして楽しめました。だって絶対誰も傷つかなくて笑って終われるに決まってるから、こういう映画は・・・。

 

想田和弘監督「精神0」3594本目

「精神」は2008年。この作品の12年前です。この作品のなかでフラッシュバックみたいに白黒映像ではさみこまれる、当時?の医師とその妻の様子が、今よりだいぶ若い。今が後期高齢者で、当時はまだ中年という印象です。

「精神」では、ひたすら患者のほうに見入ってしまったけど、こちらでは、患者もたくさん登場する一方で、医師とその妻の家庭にカメラが入っていきます。当たり前だけど、これほど献身的な医師は家庭にいつかなかったことが容易に想像できます。容易に。

本物の生々しい現実の前には、映画愛好家の分析癖なんて何の役にも立ちません。みんな、苦しくて、一生懸命で、傷ついたけど、できる限り人に優しかった。みんな誰かを信じて大切にしてきた。。。と思うだけで、人間ってけっこう偉大だな、と思えてきます。

患者たちの実態を世間に知らしめた前作でその目的は達成できていて、この作品はその続編というより、医師の側の決着をつけるというか、最後を引き取るために必要なピースだったのかな、という気がします。見て良かった。

 

藤井秀剛 監督「猿ノ王国」3593本目

冒頭に「ワクチンに疑問を呈するための映画ではない」という断り書きが出て、どうなんだろうと疑いながら見てみたら、実際ワクチンはたまたま取り上げたトピックでしかなくて、くわしく語られることもなかった。・・・コロナに関してワクチンの有効性はたぶん確立されていて、一方で副作用はほかのどの製剤とも同じように存在すると思うけど、ここでは、きわめて低い割合で重篤な副作用が発生するならワクチンを止めてみんなで滅びるのか、それともできるだけ多くの人が生き延びられるようにするのか、という判断が必要になる。誰に対しても副作用のない薬は、これまでも、これからも、存在しない。

それはそうと、テレビ局の上層部の「保身」や「事なかれ主義」を描いたこういう作品には見入ってしまう。ホラーっぽい演出や、筋を追いにくい部分もあるけど、まだまだこの分野には切り込んでほしいので、私はこの映画は支持したいなと思います。

猿ノ王国

猿ノ王国

  • 坂井貴子
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マット・ロス 監督「はじまりへの旅」3592本目

森の中で子どもたちに独自の英才教育をほどこしてきた家族の生活が、母の入院・死をきっかけに崩れ始める。彼らはこれからどうやって生きていくのか?という作品。

いろんな面から見てみたくなる。

子どもの教育は、優れている点を最高に伸ばすには、こういう自由のなかで人と比べずに学ばせると学習効果が出やすそうだ。この子たちはこのあと社会とのかかわりが増えていくと他の普通の人たちを見て「みんな、なんでこんなこともできないの?」と思うだろう。

これから社会っていう一様でない人たちと出会ったとき、彼らは自分たちがマイノリティだと認識せざるを得ないし、嫌がらせを受けても、嫌がらせするほうの人たちが理解できずに混乱するかもしれない。

このような生活や教育をどう見るか?という点は、「ノマドランド」同様、見る人がどういう生活をしていて、どういう生活に憧れてきたかによる。ノマドにどんどん近づきつつある私は、あの映画では主役にめちゃくちゃ移入したけど、この映画では「自分ならこの生活だと小さい頃に病死したかもしれないし、こんなに強くはなれなかっただろうな」と思う。今でも十分浮いてるし、むしろどうすればもっと目立たない好感度の高い大人になれただろうと思ってるので、人生の初期にこれほど外れていくことにはあまり憧れない。

俳優はみんなとても良かった。特に厳格な妻の父を演じたフランク・ランジェラ、取りつく島のない鉄壁のような男の存在感がすごかった。ヴィゴ・モーテンセンはいつになくシリアス。大学進学を悩む長男を演じたジョージ・マッケイは、もの言いたげな表情に見覚えがあると思ったら1917年の命をかけた伝令じゃないですか。さりげない演技力がすごいです。

ちょっと様式的すぎてリアルっぽさが少なかった気はするなぁ。野山をかけめぐっていたのに日焼けしてるのはパパだけで、みんな生っちろいし、まだ学習途上であるはずのちっちゃい子たちまでいくつもの言語が習得済だったりするのが、問題提起する社会的作品というよりファンタジーに寄ってる。きれいでポイントがわかりやすい。(それが嫌ならドキュメンタリーだけ見ろよ、私)いやきっと監督はポイントを絞りたかったんだろう。実際の社会が複雑だということは誰でもわかってるけど、自分はここが気になる、ここに注目してほしい、というのが比較的はっきりしている作品だと思いました。

はじまりへの旅(字幕版)

はじまりへの旅(字幕版)

  • ヴィゴ・モーテンセン
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ダリオ・アルジェント監督「わたしは目撃者」3591本目

イタリア製スプラッターホラー映画の金字塔「サスペリア」のダリオ・アルジェント監督の、それより以前の作品。音楽や映像がなんとなく「テレビ映画」と呼ばれるサスペンスドラマっぽい。「刑事コロンボ」みたいな。

でも刑事コロンボより、いちいちあおってくる。トリックにヒネリはない。・・・でも、この「あおり」に押し切られて、けっこう最後まで面白く見てしまいます。

というのも・・・探偵役を務めるのが盲目の元新聞記者の中年男性で、彼を助けてるのか、怪しいのか、よくわからない若い新聞記者がそれにからんでくるんです。盲目の男の小さい姪や、疑わしい研究所の美女スタッフや所長の娘、アク強めのさまざまな人物が場を盛り上げます。

研究所が扱うのは人間の遺伝子で、ある遺伝子を持つものは犯罪傾向が強いので隔離する、なんていう、今では許容されない差別政策が話題になったりしている1970年代のヨーロッパです。こういうのって・・・放送禁止歌を聴いているような時代錯誤感があって妙にどきどきしますね。・・・という感じで、個人的にはなかなか楽しめました。

ミカエル・ハフストローム 監督「1408号室」3590本目

久々に「ビッグ・イシュー」売り場に立ち寄ったらスティーヴン・キングのインタビューが載っている号があったので買ってしまい、どんどん見たくなってしまいました。

この作品では、呪われたホテルの一室に取材に行ったジョン・キューザック演じる”超常現象ライター”が、の普通っぽさがいいです。幽霊なんて存在しないとうそぶいているけど、それほど豪胆に見えないところがいい。(案の定、途中から腰砕けになる)

呪われた部屋は、規模は「シャイニング」のホテル一棟よりちっちゃいはずなのに、広がりもあって、最後まで飽きません。

でも彼、最後ほんとうにホテルを出られたのかなぁ?デジャヴ感があって、同じ夢を繰り返し見続けてるんじゃないかと思ったりして・・・。

1408号室 (字幕版)

1408号室 (字幕版)

  • ジョン・キューザック
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