映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

北野武監督「HANA-BI」403本目

なるほど、こういう映画だったんだ。
タケシの映画は暴力がすごいと聞いてたのでほとんど見てなかったけど、暴力のレベルは「悪の教典」や「バトルロワイアル」の後に見る分にはまったく問題ありません。

この人の映画は、沈黙のシーンの一つ一つにも、恐ろしく深い悲しみがあふれています。がんばってどうにかなるものではない悲しみ。胸の中の黒くて大きい固まりのようなものを抱えたまま、それでも愛する者を愛し抜こう、という生きることの悲しみみたいなもの。最近よく韓国映画を見て感じるのと同じ種類の感情です。こっちの方が先なんだよな。みんなタケシの映画見てるのかな。

岸本加世子が幼く見えて、タケシの妻というより娘に見えました。実際の年齢はタケシより13歳下か。
微妙。
高倉健的な日本の暴力的な男の映画の仲間、という感じもします。「冬の華」とかでも、ヤクザな男にお姫様がいて、俗世間から隔絶して花のように育てられていました。岸本加世子は、死に至る脳の病気からくる認知症?枯れた花に水をやる場面があるけど、それ以外は完璧に可愛らしくキレイなままです。この辺の美化のしかたが、すこしだけなじめない。シワシワに描いてもボケボケに描いても、美しいものは美しい、と思います。タケシも90歳になったら「愛、アムール」みたいな諦観を感じさせる作品を撮るようになるのかな。

美しい音楽がずーっと流れていて、映画の雰囲気づくりに大きな役割を果たしています。これがちょっとだけ「暴力を美化している」ように思える瞬間もある。それもあれもこれも含めて、思い入れたっぷりな、画面から溢れ出るタケシの心象世界。どうしても、映画の中に出てくる絵画が、車いすの元刑事でなく、暴力と愛情の両方を持つタケシ元刑事のものにしか見えません。

この映画の通奏低音のように流れる「悲しみ」は、設定では亡くした子どもであって、最後に生前の姿が少しだけ出てきますが、ちょっとそらぞらしくて、本当の悲しみはそれじゃないんでは?と感じてしまいます。…岸本加世子の悲しみが全然それまで描かれないからかな。そういう意味で、映画の悲しみというか監督の悲しみはリアルなんだけど、ストーリーはおとぎ話です。

しかし本当に美しい映画です。一本の金色の糸のような、張りつめたひとつの価値観が徹底して貫かれています。
あともう一つ、タケシの映画の強みは、映画を撮り始める前から非常に強い信頼関係のあるキャストがそろっているところではないかと思います。監督の心象風景の通りに演技をしてくれる人たちがいるかどうか…新藤兼人の昔の作品と最後の方の作品との違いを思い出しました。

すごく良いところと、まったくずれてるところのある、不思議な映画…というのが私の印象でした。