映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

パーシー・アドロン監督「バグダッド・カフェ」916本目

この映画見るの25年ぶり?
どこでもない場所の、知らない人たちの映画なので、まったく古く感じませんね。
印象に残っているのは、やっぱり音楽。Calling Youもだけど、劇中の音楽もすみずみまで覚えてるのに、登場人物やストーリーのことはうっすらとしか覚えてないのが不思議。

この不思議さの原因が、今見るともう少し理解できる。
そもそも、ドイツ映画だった。
ここはイラクの首都ではなく、USAのラスベガス近郊の砂漠の町。町というほどの町ではなくて、ガソリンスタンド併設カフェ併設モーテルしかない。といってもひんぱんに車が行き交う幹線道路と、ひんぱんに貨物列車が通る線路があって、人里離れた感はない。
町の人たちはアフリカ系だったりネイティブ系だったりする。景気はよくなくて、みんなちょっと不機嫌。そこに迷い込む旅行者の彼女は、ドイツから来て夫婦でラスベガスで過ごしたけど、夫とケンカして車を降りてしまう。マジックセットは夫がラスベガスでつい買っちゃったもの。コーヒーポットは妻が旅行中も自分で入れて持ち歩いていたもの。持って降りたスーツケースは夫のと取り違えてしまった。
観光ビザが切れて一度帰国して、きちんと離婚してカフェに戻ってきた彼女。(願わくば。)

主役のきれいで大きいマリアンネ・ゼーゲブレヒト は、ドイツではアングラ系のアーティストだったんですってね。もともとマジシャンだったんだろうか。彼女の静かなおおらかさから、この映画のアイデアが生まれたのかな?
サテンのブラウスとベストとバンダナのアーティスト風老人を演じたジャック・パランス。彼の優しさがステキです。わたしはこんなじいさんがいたら、今すぐ結婚したいくらいだ!

この映画を見た後また見たくなるのは、とても幸せな気分になれるから。
世界のどこかに、自分を呼んでいる声が聞こえる場所があるのかもしれない、という気持ちになれるから。
几帳面なドイツ人の彼女は、カフェの呑気さのおかげでおおらかになれて、自分でも気づいていなかったエンターテイナーの才能を開花させた。
うらぶれたカフェの人たちは、普段の生活を輝かせる彼女の魅力によって、自分たちも輝くことを知った。
そういう、”セレンディピティ(正しい意味で)”にいつか出会える、と思うと心が広がっていきます。

映画を”好き”になれるかどうかは、映画のマジックだから理屈やスペックじゃないんだよね。この映画は類まれなマジックと愛のある、私の大好きな映画のひとつ、と確信できました。