映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

スティーヴン・カンター 監督「ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣」1580本目

すごい人だ。こんな神がかった人と同時代に生きて、ダンスを見ることができてよかった。
これほど美しい人は見たことがない、と言っていいくらい。完成形を目指して人の倍練習できる能力も天賦の才なんじゃないかな。
彼がプリンシパルとして踊るロイヤルバレエ団を見てみたかった。多分彼がステージの端に登場した瞬間からそこを降りるまで、彼以外の何ものも目に入らないだろうな。
その才能を飽くことなく貪り続ける、バレエ団とバレエを愛する人たち。
彼の苦痛を想像する映画館の観客たちの顔も曇る。

『Take Me To Church』の彼は、体の苦痛もタトゥーも覆い隠さずに表しつづけてた。
これを踊ることで初めて、彼が「出てきた」。これなら踊り続けられるかもしれない。こんなことを言うと責められそうだけど、バレエ団で、人間じゃなくて天から降りてきた妖精みたいに踊る彼のほうが、クラシックの名画みたいに普遍的な完成された美、だった。タトゥーを裸にして踊る彼は、一人の男だ。
普遍的な完璧を捨てることで、彼の踊りは人の心のパーソナルな部分に深く届くようになった。あの曲を踊る一人の男が、私の苦悩を、彼の葛藤を、彼女の罪深さを踊ってくれた。苦痛を抱えるすべての人が、彼が自分に代わって苦痛をを発散してくれていると感じられる踊りだった。と思う。
そこではどんな苦悩も平等になる。

映画としては、85分と短いけどよく構成されてると思います。存命のというかまだ20代の人物のドキュメンタリーで、その人の人生を決めつけてしまうのは良くないと思うけど、そういう映画ではないです。
「家族」と「天才」の共存は難しいと描いているとも取れるけど、まだ答えまでは示してない、と思う。