映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

稲垣浩 監督「無法松の一生」3437本目

これ、過去(2015年)一度テレビでやったのを見て「感動した」とか書いてた私。稲垣監督の作品を見たのは過去にそれ1本だけ。三船敏郎がメキシコ映画「価値ある男」の主役に抜擢されたきっかけになったのがこの映画と聞いたので、じゅずつなぎ方式で再見してみます。

映像はカラー。高峰秀子はそろそろ、若くない主婦といった役どころも務める年代(同じ年に「張込み」に出ています)。映画界を早く引退したけど、エッセイを長いこと読んでたので同時代の人と思えるんだけど、三船敏郎は1997年に亡くなっているし、カラー作品をあまり見ていないので、違う時代の映画人ふたりが主役、という印象がちょっとあります。

無法松はとにかく純真で、若いころが乱暴なだけにそこからの改心、一途に良子を思い、小太郎を息子のように可愛がる彼に胸が痛みます。最後はもうフランダースの犬のネロ少年のようです。もっと言うと忠犬ハチ公です。なんという美しい普遍的な物語でしょう。でも心の奥底にチクっとする部分がある。そこではアンクル・トム的な黒人観にも近い「身分の差を乗り越えようなどと大それたことを考えない者こそ美しい」という道徳観が強くて、2022年の私には、松五郎個人の(そして良子個人の)愛を貫くほうが人間の本分なんじゃないか、という風にも感じられてちょっと複雑なのです。

この映画を見たメキシコの映画人たちが三船を主役にして映画を撮った、ということは、やはり「価値ある男」アニマス・トルハーノは「根は純真な男」という設定なんだろうな。

三船敏郎のなかの純真な部分が最大限に発揮された美しい映画でした。やっぱり名作。

無法松の一生