映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

久保田直監督「千夜、一夜」3665本目

静かな映画だなぁ。同じ田中裕子が出てた「いつか読書する日」を思い出した。

この映画の印象は、静かだけどズン、ズン、と同じ調子で畳みかけてきて、第一印象よりは熱い作品だな。田中裕子の(「怪物」でも見せた)隠れた狂気みたいなものが夜の闇に漏れ出てくる。

小さい頃は、テレビの”なつメロ番組”で必ず取り上げる「岸壁の母」って曲が恐怖だったなぁ。シベリア抑留から帰還するはずの息子の舟を岸壁で何十年も待ち続けるという。彼女たちの「戦後x十年」という涙の年月を想像するのが恐ろしくてたまらなくて・・・。

長年おびえ続けた成果かどうか、今はもう”待つ女の狂気”は怖くない。素晴らしく美しい恋愛の瞬間って、長く持てる人はラッキーかもしれないけど、人生のうち一瞬であってもそれだけでその後一生おいしくご飯が食べられるくらいのものだと思う。もう失ってしまったことを悲しむより、かつて良いものがあったことをいつまでも慈しもうとする人がいてもいい。闇の中の彼女たちを傍から見れば狂気でも、心の中はお花畑で愛する人と抱き合ってるのかもしれない。特養でボランティアやってたとき、認知症が入ってきたおばあちゃんと仲良く手をつないで施設のトイレに向かったりしながら、そんなことを思ったりしたな。心の中は誰からも見えないんだから、どんなに不幸に見られても自分だけ幸せでいいのだ。

この映画のなかの田中裕子は多分、実年齢よりだいぶまだ若くて、まだ怒りや憎しみや愛がふつふつと生きてるみたいだった。小さな町で”男手がなくて哀れな寡婦”扱いから逃げるのは難しいだろうけど、いろいろ達観しつつある私としては彼女の孤高を応援したいな・・・。

 

千夜、一夜

千夜、一夜

  • 田中裕子
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