映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ウェス・オーショスキー 監督「地獄に堕ちた野郎ども」2395本目

「地獄に堕ちた勇者ども」(ルキノ・ヴィスコンティ)を見た流れでこれもレンタル。

ダムドって70年代のロンドン・パンクバンドの一つなので、当時のドキュメンタリーかと思ったら、じじぃになってもまだやってる彼らの貫禄たっぷりな姿と、「ダムド?よく知らない」という今どきの若者たちのしらけた様子から始まります。いいんじゃないでしょうか、ドラッグやって死ぬような純粋なパンクスと違って彼らは最初からどこか笑えるところがあったから。

思ってたよりメイクが濃くてスーツ着てて、ビジュアル系くずれみたいなルックスなのに歌がバカっぽい…インテリがバカやってるバンドってイメージだったけど、間違ってはなかったかな。ロンドンパンクの中でもくどかったり恨みっぽかったり、ダラっとしたしたところとかがなくて、スカッとしてた。そこがやっぱり好きなんだ。

そんな人もあんな人も、60過ぎると企業で勤めあげた人とあんまり見た目で区別がつかなくなるのが面白い。ストラングラーズのジャン・ジャック・バーネル(三島由紀夫とか読んでたストイックなフランス人)が丸いおっさんになってたり、とんがってたビリー・アイドルが居酒屋で若い子に説教しそうなおっさんになってたり。

若いころ、ロンドンの大通りを一本入った裏道に、血がたぎるようなシーンがあるに違いないと思ってた。なんであの頃、あんなにロンドンに憧れたんだろう。早すぎるビートが当時の私の心拍数に合ってたのかな。

60過ぎてもパンクをやってるなんてどういう体質だろう、と思ったけど、最近の新曲(2018年になんと初めてアルバムがトップ10入りしたらしい!)を聞くとテンポが中高年向けになっていて、なんかしんみりとわきまえた楽曲になってました。正しい歳の取り方をしてるじゃないか…。今でもちゃんといい演奏してるし、メンバーは相当入れ替わっているといってもずっといるビジュアル系ボーカルのデイヴ・ヴァニアンは音楽に誠実だし、イロモノ系のベーシストのキャプテン・センシブルはザ・フーでいえばキース・ムーン、ビートルズでいえばリンゴ・スターというムードメーカー、人間性で人気を集め続けられる人柄。オフスプリングのフロントマンがインタビューに答えてたけど、いかにもダムド好きそうだよね、シンプルどうしで。

なんか…意外なほどさわやかで気持ちのいい音楽ドキュメンタリーでした。ダムドますます好きになっちゃった。映画の中で、「ロンドン ロックンロールツアー」っていうのがロックの聖地的な場所を案内して回るのがおかしい。こんどロンドン行ったら絶対参加しよう。

地獄に堕ちた野郎ども(字幕版)

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  • 発売日: 2017/07/25
  • メディア: Prime Video
 

 

 

テンギズ・アブラゼ 監督「懺悔」2394本目

<ネタバレあり>

「ざくろの色」や「不思議惑星キンザザ」を見て以来、グルジア→ジョージアという国が気になって仕方ありません。この映画は予告編が奇天烈すぎて(何回埋めても出てくる遺体)、期待で胸がいっぱいです。

ジョージアの素朴で生活感のある風景。冒頭で”犯人”の女性がケーキの上に優雅に絞り出すピンク色のバタークリーム。「キンザザ」の学生ゲテバンや「チェブラーシカ(キャラクターのね)」に共通する、くりくりの丸いお目目を独裁者ヴァルラムも持っています。「…スタン」諸国の人々にも似た、白い肌とフェルトペンで書いたような濃い髪と眉。全く読み解く手がかりを与えない不思議な文字。そういう文化的、生物学的ディテールだけでも、未知の扉を開いたワクワク感が高まります。

小国の独裁者には、この映画のようなことは実際に起こってるのかもしれません。だいいち、笑い顔の首長なんて新興宗教の宗祖みたいで、どう見ても腹黒い。この市長と、冒頭でケーキのデコレーションをしていた優しげな女性の周囲で過去と現在のストーリーが進んでいきますが、二時間半という長尺を感じさせないテンポの良い展開です。

翻弄される家族、残された小さい娘。長じた彼女が絞るクリームは、冒頭と最後でつながっています。これは彼女が数個のケーキのデコレーションをする間に見た夢だったのか。復讐が何を産むか?市長の最も純真な孫息子にすべての罪科を背負わせて一族を滅ぼしても、自分には何が得られるわけでもないと悟って、ただクリームを絞り続けたという物語だったのかもしれません。

三部作なので前二作も見てみたいけど、ソフト化されてないので不可能に近い…もし見つけたら見てみなければ。

ナディーン・ラバキー 監督「存在のない子供たち」2393本目

辛い映画だったなぁ。かわいそう、かわいそう、と口から出そうになるのを抑えながら見ました。難民の貧困や苦難は日本でも大きな問題だけど、貧富の差の開きが問題になっているレバノンの、これが実態だとしたら本当に切ないです。貧富の「貧」がこの映画の描く世界で、「富」のほうがどこかの国から膨大な金銭を費やして違法に出国した元CEOだ。あまり汚い言葉は使いたくないけど、醜悪すぎる。

世の中の無常を悟ったうえで他人に優しくできることが大人の条件だとしたら、ゼインは世界じゅうの大概の成人よりずっと大人だ。彼と幼いヨナスこそが、親子のあるべき姿だ。

それでもエンディングにぬくもりを持たせたのは、ゼインの弁護士として出演もしている女性の監督の視点の優しさだと思う。彼女は、ゼインの妹を嫁がせた両親も、彼女を妻にした男も、追い詰めようとはしなかった。善悪の線引きをせず、「世の中がみんな悪いんだ」みたいな安易な逃げ方もしなかった。一番見てほしかったのは、ゼインや子供たちの悲痛で美しい姿。彼らが細い足で自分で立って、こんな状況でも事態を切り開こうとしている力強さを見せたかったから、彼らがたおれるだけの「かわいそう」な結末にはしなかった。なぜなら、もしも彼らのうち何人かがたおれてしまったとしても、子どもたちの根源的な明るさや強さは失われることはないから。

本物のゼインたちと、その背後にいる無数の子どもたちとその親たちが少しでも安泰に幸せになることを祈りつつ、日本の本音と建て前のはざまで収容されている難民の方々のために何ができるか、今日も考えています。

存在のない子供たち [DVD]

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  • 出版社/メーカー: Happinet
  • 発売日: 2020/05/08
  • メディア: DVD
 

 

フアン・ホセ・カンパネラ監督「瞳の奥の秘密」2392本目

<ネタバレちょっとあるかも>

見終わってから英語のタイトルを見たら、複数形だったのでちょっと驚いた。奥に秘密を秘めた瞳は一人のじゃなくて複数の人たちのだった。25年前に妻を破壊されて失ったモラレスも、25年間の事件を追いつつずっと一人の人を愛し続けたエスポ̪シトも、彼に25年間思われ続けたイレーネも、ずっと強い思いを抱き続けてた。

ハリウッドの映画は、思いはあるけど多少の犠牲はしょうがない、という現実的な落としどころのあるものが多い気がするけど、ラテンの人々は最初から最後まで思いより大切なものはない、という人間性中心の軸がまっすぐ通っているように思えます。いろんなことでわだかまっている観客の自分まで肯定されたようで、なんだか力強い。

愛と憎しみは同じ、というか、裏表だ。自分が愛を持ち続けている25年間、彼の妻を奪われた憎しみがさっぱり消えてなくなるわけがない。と気づいたときに、エスポシトは真相を見抜くことができたんですね。そして、改めて自分の25年間を肯定することができた。

25年間って気が遠くなるような長さだけど、彼らにとっては止まった時間のようなものだったのかもしれない。

こういうラテン的深情けに弱いんだよな~。ミステリーとしても人間ドラマとしても愛の物語としても、とても良かったです。

 

ポール・ハギス監督「クラッシュ」2391本目 

2004年にアカデミー最優秀作品賞を受賞した作品。なるほどなぁ。バラク・オバマが大統領になる2009年に向けて、アメリカが強めていった正しい人種問題の意識をこの時期のアカデミー賞に反映した感じがします。いまだ明確な解決は見られないけど、国じゅうのあちこちでこんな問題が起こっている、だけど僕らは根本的に人間性を忘れたわけではない、という自己肯定で終わることができている。

見えないマントや込められなかった弾丸に夢をつなぎつつ、正義をふりかざす者が陥る、自分の中にある偏見の問題をあぶり出す。ある意味単純すぎる二分法の映画でもあります。正しそうな奴がいいことをすると思うな。黒人女性の取り調べ中に性的いたずらをする警官が彼女を炎のなかから救う。…ってエピソードが単純で説明的すぎます。映画的でもないし芸術的でもない。でもこの時代のアカデミー賞がそういう価値観だったってことなんですよね。

今は2020年、このあとの16年間はけっこう長く感じられます。今年のアカデミー賞はどの作品が取るか、楽しみです。それがアメリカのショービジネスの世界の価値観を如実に表すから。

クラッシュ (字幕版)

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  • メディア: Prime Video
 

 

ルイス・ブニュエル監督「自由の幻想」2390本目

やけに好きなルイス・ブニュエルの作品を、また見られて嬉しい。舞台はスペインなのにフランス映画。

なんか色々おふざけが多いな。彼の作品にはカトリックの問題点に触れるものも多いけど、この映画ではおちょくってますね。この前に作られた「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」で貴族をおちょくったのと同じノリです。

この映画は、登場人物の一人が移動すると場面が変わる構成で、ふっと目を離すと「??」となってしまいますが、つながりを見失ったところで困るようなストーリーはありません。

その中でも行方不明の子ども事件?はなんとも言えないですねー。いるじゃんそこに。

まぁほかのエピソードもそのような人を食ったコントなのですが、笑えるというより、終わって初めて「…あ、そこネタだったのね」と気づくような、そこはかとない可笑しみです。これがフランスのペーソスというものか…。

巨匠の晩年の作品なわけですが、観客が戸惑う様子をクスクス含み笑いをしながら見て売る監督の姿が浮かぶようで、全然達観したり悟りを開いたりしないところが愉快ですね。ルイス・ブニュエルってやっぱり変!

自由の幻想(1974) 【ベスト・ライブラリー 1500円:第2弾】 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ジェネオン・ユニバーサル
  • 発売日: 2009/09/02
  • メディア: DVD
 

 

 

 

クロード・ルルーシュ監督「男と女 人生最良の日々」2389本目

原題は単に「人生最良の日々」なんですね、知らない人はいない「男と女」の第三編。ジャンルイ・トランティニャンを「愛、アムール」で知った私としては、「うっわ老けたな!」ということもなく、美老人のように装ったらどんな感じだろうとずっと思ってました。アヌーク・エーメのほうは最近の姿を見ていなかったので、可憐でか弱い姿がすっかり強さを備えているのを見て、女性ってすごいなぁと感動しました。

この映画は、1・2の、時間の空いた続編の体裁ではあるけど、抱き合う二人のすぐ隣にあった視点が今回はずっと高いところにあって、まだらにぼやけた愛の記憶がなにか普遍的な天上の出来事みたいに昇華されていくのを、目撃しているような気持ちになります。

生命って長ければ偉いわけじゃなくて、一瞬でもあれほど美しい愛の世界にいたことが、この映画みたいに一生その人を満たし続けるから、ジャンルイはきっと「もういつ召されてもいい」くらいの境地なんじゃないかなー。アンヌも彼の変わらない人となりと、変わらない愛に触れて、もう思い残すこともないだろう(まだまだ生きるだろうけど!)

なんか昼の陽射しの中で自然に還っていくような、あかるい時間を予感させる映画でした。