映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

森谷司郎 監督「日本沈没」2614本目

子どもの頃にテレビで見たかもしれないけど、怪獣も出てこないし、大人の人たちが怖い顔して言い合ってる場面が多いので、多分ちゃんと見てないと思う。 

小林桂樹がまさかのヨゴレ役、というか高名な科学者なんだけど見た目がヨレヨレなのが珍しい。藤岡弘が若くてエネルギッシュ。画面の雰囲気や効果音の付け方からも、テレビの仮面ライダーの豪華版みたいな感じもします。

日本が沈没する理由はプレートテクトニクスだったのね。今なら地球温暖化による海面上昇のほうが説得力が強い。撮影で潜水艇を手配する必要もないし。

高官が世界中に移民受け入れを陳情して回るくだりとか、よく練られてます。こういうことがありうるから、近隣諸国とは仲良く外交しとけと思う。オーストラリアやニュージーランドはほかの国にも人気で、2億とか積まないと移住できなくなっちゃったし、今でも日本人を受け入れてくれる国なんてあるんだろうか。カナダのツンドラ地帯か…

丹波哲郎総理大臣が訪ねる「影の黒幕」。この頃は政治全般に対して、政治家の裏には賢者がいて神託を述べてくれるという肯定的な意識があったけど、今は賢者なんて政界にはいないとみんな思ってる。ボンクラが大勢集まって力を合わせてやるしかないのが政治の本質だと思うけど、今はボンクラがボンクラを嗤ってばかりだ…。

見終わると同時に、さっそく荷造りしてどこの国に逃げようかと妄想…いとこのいるドイツか、友達がいるトルコか。私たちは「日本難民」として、ほかの国の入管に閉じ込められたり、日本でやってたような仕事に就けなかったりするんだろうか。

アメリカ代表として会見をしてるのがキッシンジャーっぽいと思ったら、この頃確かに彼が国務長官だ。中国国家主席は毛沢東に似てると思ったらやっぱりまだ彼が在任してた。芸が細かくて、40年後に振り返ってみるときに興味深く思えます。本当に、外交問題を考えるうえで、まず政治家には全員この映画を見て「嫌われない日本」を作ることを考えておいてほしいなとか思っちゃうのでした。

日本沈没

日本沈没

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

中泉裕矢 監督「ハリウッド大作戦!」2613本目

まったく全然ハリウッド感のないレストラン(笑)に、「デッドドントダイ」や「新感染」を見たあとでは私にもできそうとしか思えないゾンビたち。これもまた持ち味。

しかしこういう、アメリカ人を想像した設定って、この間問題になった「日本人が想像するステレオタイプの黒人」みたいでちょっとツライですね。悪気があろうとなかろうと、金髪の人ばっかりじゃないから。(日本人みんな眼鏡かけて出っ歯でカメラぶら下げてないし、日本女性みんなゲイシャじゃないし)

内容は二番煎じそのものだし、安易に金髪というあまりに安易な逃げ道に逃げたことは、素人っぽさが売りとはいってもちょっとほめられたものじゃないな…

何でもいいから監督にはゾンビが出てこない映画を撮ってみてほしいです。。。

カメラを止めるな!スピンオフ『ハリウッド大作戦!』

カメラを止めるな!スピンオフ『ハリウッド大作戦!』

  • 発売日: 2019/06/19
  • メディア: Prime Video
 

 

クリント・イーストウッド監督「リチャード・ジュエル」2612本目

いい映画だったなぁ。イーストウッド監督、この安定性。

<ネタバレとかいろいろあります>

リチャード・ジュエルの朴訥すぎる、真っ正直で正義感の強い性格。確実にいじめられそうな、友達少なそうな。いい奴なのに。…という彼を、持ち上げることもなくありのままのちょっと変なやつとして描いたところがいいです。多くの人は、変な奴は悪い奴ではない(とは限らないというべきか)ってわかってないよなぁ。

映画を見ていただけでも、ビール瓶を投げてた若者たちが見つけたバックパックを彼が届けようとしたことや、その後の避難をリードしていたことはわかるんだけど、その場にいた人たちに事情を聴いたのか、みんな何て言ってたのか、とかまったく語られていなくて、すごく事実を単純化してる感じはありますね。警察やマスコミの中にも、彼の有罪を疑った人もいただろうし。そういう意味で、テーマが重い割に映画自体は重くなかったです。

ジュエルを演じたポール・ウォルター・ハウザーもいいけど、何よりサム・ロックウェルが良すぎる。悪を演じた役を見ることが今まで多かったけど、正義の人をやっても良かった。ゲイリー・オールドマン化が進みつつある、みたいな感じ(どちらもかなり好き)。

キャシー・ベイツも良かったですね。母の愛があるから息子もがんばれる。

公園管理者や新聞記者キャシー(オリビア・ワイルド)といったハリウッド的美男美女が、なんだかとても薄っぺらく見えてきます。ジュエルの無実を信じるようになった後のキャシーの活躍?がまったく描かれてなかったのはちょっと残念、というか、片手落ちな気もします。

ジュエルが取調室で「警察のマークに憧れてたけどがっかりだ、人を助けたのに僕のどこに問題があるというのか、何の証拠があるのか、こんなことをしたら警備員は今後爆弾を見つけても黙って逃げるようになるし、真犯人はまたどこかに爆弾を仕掛けている」と胸の内を爆発させる(※あくまでも口調はおだやか)場面、良かったですね!彼は嘘のない本物の彼だから、こういうときに言葉に力があります。

私この話は、多分どこかで聞いて知ってて、ジュエル氏は無実が判明してすぐに病気で亡くなったのかと思っていたので、その後好きな仕事を誇らしくやっていたと知って嬉しい気持ちになりました。

結局本は書いたのかな。ググってもひっかからないので書かなかったのかもしれない。でもWikipediaからすごい記事に飛べました。松本サリン事件でジュエルと同様の”報道被害”を受けた河野義行さんが、アトランタに行って彼と対談をしてNEWS23で筑紫哲也が報道してたっていう記事。そこで日本の私たちは現実に引き戻されますね、これは遠い国の事件ではないって。

今はこの頃より報道規制が厳しくなってるけど、その分もっと悪質な、憶測や中傷の領域のネットのデマが無実の人たちを苦しめてる。

ジュエルが無実だったからマスコミが悪い、というと「有罪の人になら何をやってもいいのか」ということになるし、警察と報道だけじゃなくてネットも、と範囲は広がるしマナーは移り変わっていきます。みんなもっと人間的な部分を大事にしよう、愛を忘れないで、としか言いようがないな…。

リチャード・ジュエル(字幕版)

リチャード・ジュエル(字幕版)

  • 発売日: 2020/03/19
  • メディア: Prime Video
 

 

 

ジョン・スタージェス監督「老人と海」2611本目

これもずっと見ようと思ってた作品。

キューバに行ったとき、観光コースにヘミングウェイゆかりの地がけっこうありました。彼が住んだ豪邸の各部屋に熊の毛皮や鹿の頭とかが飾ってあったして、どういう人だったのか気になってました。「老人と海」の原作は読んだけど、短いし、老人と大きな魚との綱引きにぴんとくるものはなかった。

海の上の物語というイメージだけど、冒頭は海沿いの町、陸上です。1958年のアメリカ映画なのに、ちゃんとキューバのコヒマル(ヘミングウェイゆかりの地のひとつ)で撮影してますね。(風景と人物は別に撮って合成してる?)まぎれもない私も行った要塞跡があります。要塞の前の、丸い屋根をギリシャ風の柱が支えている小高いところには今はヘミングウェイの銅像が君臨してるけど、このときはまだありません。

この映画は「老人は…」という第三者語りで進む形式が、なんというか、説明的で入り込みにくいですね。ないと映画の趣旨がわからないし、ノーベル賞受賞作品を手を加えずに映画化しようとしたんだろうけど。音楽も、老人の動きに合わせて大きく管楽器を響かせたりするのが、白黒のサスペンス映画の頃みたいで古い感じがする。今だったらどんな風に作るだろう。

老人を演じたスペンサー・トレイシーって「温厚そうに見えるが大変な自信家」と書かれていて、作家と老人を演じた役者はなんとなく通じ合うところを感じさせます。カジキとの戦いの場面とか、老人の乗った船が揺れてないので合成だと思うんだけど、確かにすごい演技力。

自分史上最大の魚を捕獲できたら、無傷で連れて帰れないことがわかっても、サメを無駄に殺しながらこうやって連れて帰るのは、老人の「男の見栄」か?男の見栄が、わかろうとしてもよくわからない私には見てもしょうがない映画なのかな。老人といっても、ヘミングウェイがこの本を書いたときまだ50代後半だけど。

彼が通った店、「テラス」とここで言われてるけどスペイン語で「ラ・テラサ」は、私が行ったときは屋根も壁もある店舗だったけど、この映画では屋根だけのオープンエアなお店だ。これも当時はこうだったんだろうか。昔いたアフリカを思い出すというけど家には剥製ばかり飾ってあって、彼にとっての動物は狩るためのものだったんじゃないかと思う。温厚で朴訥で狩猟好きってどんな人となりなんだろう。心の滓が海風で吹っ飛んでいくようなコヒマルのすがすがしい海辺でどんな風にこの人は暮らしてたんだろう。まだまだ私にはわからないことが多い…。

老人と海(1958) (字幕版)

老人と海(1958) (字幕版)

  • 発売日: 2015/03/15
  • メディア: Prime Video
 

 

ケン・ローチ監督「家族を想うとき」2610本目

救いがないけどオチもない、現実と同じような終わり方だった。

完全引退していたローチ監督が拳を握って復活した「わたしは、ダニエルブレイク」では確か、私は映画を見ながら泣いていたんだけど、この映画には”悲惨さ”はあまり感じない。それは徹頭徹尾、(キレることがあっても)母が愛に満ちていて常に愛で判断が下せる立派な女性だからだと思う。娘ライザも、やはり思いつめてやらかしてしまうけど賢くて家族思いだ。息子は反抗期でイキがってるけどやっぱり優しい。父はもちろん懸命に家族のためにがんばってる。彼らはすごく困ってるし家族だけで問題は解決しようがないんだけど、孤独じゃなくて素晴らしい家族がいるから、”悲惨”という言葉が浮かんでこなかった。(エンディングの後に起こることによっては”悲惨”と言わざるを得ないことになった可能性は高いけど)

父は保険には加入してないんだろうか、など勝手に心配してしまったけど、自営業の事業主だから労災保険に加入する立場じゃないのか(たとえ日本と同じだったとしても)。うまくいけば大もうけ、トラブルがあると大赤字。建設業のほうがまだリスクは少なかったんだろうな。昔から日本にも「赤帽」という小規模運送業者がたくさんあって、姉の進学のときはまだ「宅配便」じゃなくて赤帽を呼んでたんだけど、それをすべて一人一台でやらせてる感じか。UberとかAmazonパートナーも同じだけど、この映画で扱ってるのは運送専業の大企業のようです。Uber、Amazonパートナーと違うのは、専用車を買うかレンタカーする前提ってところか。いきなり素人がフランチャイズっていうのは無理がある気がする規模感。個人主義、自己責任の国のビジネスともいえるけど、明らかに資本家だけが儲けるビジネスなわけで、そういう仕組みを考え出して新法で禁止されるまで続ける頭のいい奴がいる国だなと思う。だから英国には労働党が必要なんだ。

「ダメ、ゼッタイ(フランチャイズの運送業なんかに手を出しちゃ)」という教訓がみょうにくっきり頭に残る映画でした。この映画で問題なのはその1点に絞れるからな。(ダニエルブレイクにはもっといろんな要因が重層的にかさなってたけど)

家族を想うとき (字幕版)

家族を想うとき (字幕版)

  • 発売日: 2020/06/17
  • メディア: Prime Video
 

 

橋口亮輔 監督「ぐるりのこと。」2609本目

橋口監督の作品なんだ。エイベックス前の浜崎あゆみが出てる「渚のシンドバット」もだし、「恋人たち」も大ヒットではないと思うけどキネマ旬報では高評価。そういう、イギリスの連続ドラマのように地味でよい映画を作り続けてる監督。

この映画は何年もずっと見よう見ようと思ってたけどやっと借りました。意外と昔の作品で、リリー・フランキーの役どころがまだ極悪じゃなくて中途半端なフリーターみたいな感じ。

この映画って、ホームドラマか何かわりと平和なものかと思って見始めるんだけど、木村多江演じる妻がだんだんちょっとずつ崩れてくるし、リリーフランキーが演じる法廷画家の夫がスケッチする法廷の人たちが尋常じゃなくて、これは笑う映画じゃなかったぞとわかってきます。 中絶って…やむにやまれずそういう形を選んでしまうことってあるんだろうけど、実際かなりの数が行われているんだろうけど、親たちの胸に大きな黒さを残してしまうのかもしれない、と思います。すごく難しい時間を生き延びて、光が差してきたのだったら、よかった…。

この夫婦の家族は絵にかいたような強欲で、小津安二郎の映画とかに出てたやつだ、という感じ。リアルタイムでそういう映画を見ていた世代なんだろうか、監督は?

結末までに至る部分が明るくて嬉しいけど、そうはいかないよな…というフィクション寒が終わった後でおそってきます。暗い世相と彼らを結び付けたのなら、今の世の中はその頃より良くなったって思ってるのかな?監督は‥。

ぐるりのこと。

ぐるりのこと。

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

グレゴリー・ラトフ 監督「別離」2608本目

イングリッド・バーグマンがまだお嬢ちゃんという感じで可愛らしいです。

年上の妻子持ちにふらっと行ってしまったのね。バーグマンピアノ自分で弾いてますね?かなりうまい。初めて激しい曲を弾きまくる彼女を見ていたら、「熱き血潮に触れもみで」とうたった与謝野晶子を思い出してしまいました。彼の才能と彼女の才能がぶつかりあって溶け合うことに説得力があります。

妻が素晴らしいひとで、娘がまたすごく可愛い。なんか…不倫してた男が娘の病気や事故で我に返るって話、見たことある気がするな…。男って目先のことでしか大事なことを判断できないのかしら…(極論すぎですね、すみません)

娘の好きな曲が「間奏曲」、これを意味するIntermezzoが原題なんですね。間奏曲…人生における美しい休暇みたいなものか。この時代の不倫は、ゴシップ番組や週刊誌で書き立てられる汚れたものという感じはなくて、好きになっちゃったんだもん、という素直で清潔な感じがあります。でも本人たちの胸の中はどろどろしてるし家族の気持ちは真っ暗だ。やがては離れるべき運命…だから間奏曲。

美しくまとめた大人の恋のお話という感じでした。私は常日頃、不倫なんて他に楽しみがない人たちがするもんだとか豪語してますが、この二人は芸の道で同志としてつながったことから始まったので、そういうのとは違いますね…。

別離(字幕版)

別離(字幕版)

  • 発売日: 2020/06/01
  • メディア: Prime Video