映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

アッバス・キアロスタミ監督「ホームワーク」3289本目

これはフィクションじゃなくてドキュメンタリー。多すぎる宿題、見てやれる人が家にいないのに「聞き取り」ばかりの内容、といったイランの教育システムに問題意識のある監督が実態を記録するために子どもたちや親たちにインタビューしています。

キアロスタミ監督がどの程度”社会派”なのか、映画によって世の中を変えていこうとしたり、活動したりした人なのかどうか、私にはあまりよくわからないのですが、この映画の構成を見る限り、イランの学校特に宿題の問題点については、この映画で明らかに主張してますよね。外国教育を見てきたという一人の父親は、日本の詰め込み教育で自殺者が続出と言ってたけど、教育そのものなのか、学校の人間関係なのか。そこだけ聞くと日本より韓国のような気もするけど、まあいいか。

この映画が作られたのは1989年。33年後の今、イランの教育システムは変わったんだろうか、変わったとしたら欧米式に、それともイスラム式に?

ホームワーク(字幕版)

ホームワーク(字幕版)

  • シャビッド・マスミ
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アッバス・キアロスタミ監督「トラベラー」3288本目

シンプルだけどよく作られた映画だなぁ。子どもたちの憧れやズルさといった心の動きに自然に共感できる一方、「悪いことはやっぱりそれなりの結果しか生まない」という諦念が、逆の見方をすれば子どもの道徳教材にも使えそうだったりして。

たくさん嘘をついて稼いだお金で夢をかなえようとするこの子は悪い子だけど、貧しさから抜け出せるのはこんなバイタリティのある子なんじゃないか、とも思う。やたら悲しくて切ない音楽が流れ続けてるのも、この子に対する同情を募らせてる。監督は一人ひとりの子どもの良しあしじゃなくて、不自由な社会や貧しさの中でうまく立ち回ったつもりでも失敗する人間の生命力やおろかさ、運命をあきらめて受け入れるしかないことを描こうとしたんじゃないかな。

イランのニュー・シネマだったのでは…。

トラベラー(字幕版)

トラベラー(字幕版)

  • ハッサン・ダラビ
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岩井俊二監督「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」3287本目

岩井俊二監督の作品はけっこう見たつもりだったけど、これは今さらの初見。テレビ用に作られたから、アニメが公開される前はソフト化されてなかった?とか?

冒頭の先生役の麻木久仁子が若い。主人公の奥菜恵は、かなり小さいころから出てた記憶があるからこんな幼い少女でも意外と驚きはないな。特に大人びてるわけではないのに、周囲の男の子たちがあまりにもコドモコドモしてるので、ひときわ大人に見える。突然のお別れのことをまだ知らない男の子たちの無邪気さ…これは数十年後にこのときを思い出す、未来の彼らが思い浮かべるビジョンなんだよな。

タイトルが打ち上げ花火なのに、結局誰もちゃんと見なかったな。だから最後の数発は強烈。(激しく棒読みの花火師は酒井敏也だった)

夏祭りも花火も、なんだか胸がわさわさする思い出だな。このくらいの年齢だと女の子のほうが圧倒的に大人だから、女の子側から見るともっとおませな思い出になるはず。女性監督はちょっとショッキングなくらい鋭い監督が目立つけど、抒情的でロマンチックな作品を作る人もいるのかな。きっと私が知らないだけなんだろうな…。

 

西川美和監督「蛇イチゴ」3286本目

この作品を最初に見てたら、監督のイメージがもうちょっと“人情派”っぽくなってたかも。この映画に温かみがあるっていうわけじゃないけど、人の間抜けさ、強欲やずるさを大きく受け止めて笑いにしてるような印象があります。実際に最初に見た「ゆれる」は怖い映画だと思った…ただ、今考えると、すべての映画に通じるものがある気もしてくる。

この映画はひたすら面白いですね。伊丹十三「お葬式」とか阪本順治「顔」、もっと遡ると「夫婦善哉」とか思い出しました。

平泉成・大谷直子の夫婦もいいけど、お堅いつみきみほとインチキな宮迫博之の兄弟のキャスティングは完璧です。パンチの効いたファンキーな音楽の使い方も鋭い。監督第一作がこのクオリティって、すごすぎますね。西川監督は日本を代表しうる監督として、まだまだ凄みのある作品を作り続けるんだろうな…。

蛇イチゴ

蛇イチゴ

  • 宮迫博之
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ニコラス・メイヤー監督「タイム・アフター・タイム」3285本目

切り裂きジャックとマルコム・マクダウェル。マルコムが殺人鬼ではなかった。彼は自作のタイムマシンを悪用して追っ手を逃れた切り裂きジャックを追いかけて現代のロサンゼルスへタイムトリップします。ロスのロンドン銀行の窓口にいたのがメアリー・スタインバージェン(その後この二人は現実に結婚する)。この頃のメアリーはケイト・ブッシュっぽいな。いや今も似てる。

H.G.ウェルズが本当にタイムマシンを使いこなしていたり、切り裂きジャックが登場したり…他愛なくて予見可能なストーリーだけど、すごく楽しいし、なかなかスリリングで良い映画でした。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はこの映画があったからできたんじゃないかな??

見てみてよかったです。

タイム・アフター・タイム(字幕版)

タイム・アフター・タイム(字幕版)

  • マルコム・マクドウェル
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濱口竜介監督「偶然と想像」3284本目

<各短編の結末にふれています>

このタイトルは、確信犯だと思うんだ。ジェーン・オースティン「自負と偏見」みたいに日本語だと全くピンとこないけど、欧米の映画の原題みたいな感じがあるから多分、欧米言語話者には響くタイトルなんだろう。実際初公開の映画祭で受賞したしなぁ…。

さて、大注目の濱口監督の新作。ソフト化を待とうかとも思ったけど我慢できず劇場へ。都内はBUNKAMURAル・シネマでしかやってないので、スクリーン2つ駆使してばんばん人を入れてます。劇場で見ると臨場感があるけど、日本では誰も大笑いしないし踊らないし(cf.インド)、家で見た方が手を叩いて大笑いできた部分もあったと思う。劇場で見る派のみなさんは、そういうの平気なのかなぁ。

で短編3本、どれも面白かったー!どれも大口開けて「ポカーン」でしたよね。実際に起こる可能性はどれも限りなく0に近いけど、ありえなさすぎて実写でいまだかつて誰も撮ろうと考えなかった隙間を、ずんずんすり抜けて行かれました。モーニングあたりの、ちょっと尖った新人の受賞漫画にならありそうかな?

「魔法(よりもっと確か)」…古川琴音の暴力的面倒くさキャラは、最近ちょっと流行ってる気がする。(cf「勝手にふるえてろ」「生きてるだけで、愛」)多数実在するけど、若い娘なのであまり大人たちが触れなかった、急所のような存在。中島歩は「花子とアン」のイメージが強いけどもう8年も前か。声が良すぎて、聞いてて照れる。玄理は清潔できれいで、見るからに中島とお似合いなのだ。観衆を味方につけてこの二人を応援させようとしてるのか。

「扉は開けたままで」…森郁月、大学のゼミの3歳年上の同級生を思い出した。ちょっとみんなより大人で、なんともいえずエロくて。彼女のキャスティング理由は、独特のえもいわれぬエロさだと思う。対する”セフレ”甲斐翔真のムカつくようなチャラさ。(魔法の「チャラいんじゃなくてイケメン」にあえて中島、この大学生に甲斐を充てる恣意性!)渋川清彦の初めて見る無表情トーク。ロンドンのパブでエキゾチックダンサーのポールダンスを、さも”たまたま入ったらこんな催しですかへぇ”みたいな顔で見ていた、肘あてつきのジャケットを着た英国紳士たちみたいな(例えが長い)内に秘めた下衆がほほえましい。賞とったんだしフィジカルな接点はないので、クビにまでしなくていいと思うけどな…。最後、編集者になった若者にはもうちょっとお灸を据えてほしかった気もします。

「もう一度」…この二人、既視感あると思ったら濱口監督の「PASSION」で共演してたのね。この作品も強烈で、最高にありえないようで、現実と皮一枚スレスレで起こってしまいそうな。「人違いかも?」と思ったら、普通は声をかけないし家にも連れて行かないけど、もしも一歩踏み出してしまったら、こんなに意外で面白いことが起こるかもしれない。映画化未踏の地は、世界の果てじゃなくて、見ないことにしていたごく日常的な気まずさの中にあったんだな。

こういう意外性の妙って、映画をほとんど見ない人には「繰り返し映画化されてきたテーマ」との区別がないけど、たくさん見てきた人ほど、何千本も何万本も見ても出会わなかったテーマだからインパクトが強いんじゃないかな。

やっぱり「スパイの妻」の脚本は(ex.「お見事!」)濱口監督の力が強かったんじゃないかなと改めて思う、会話の匠の作品でした。夏目漱石に見せてやりたいくらいだ…。

西川美和監督「すばらしき世界」3283本目

<ネタバレあります>

「ゆれる」の、「夢売るふたり」の、西川美和監督の作品。明るい未来やすばらしい世界など一切期待せずに見ます。

原作の佐木隆三は「復讐するは我にあり」の原作者か。あれも北部九州が舞台の犯罪小説だ。

これは…「由宇子の天秤」の前日譚みたいだな。番組制作者の描き方は、もしかしたら「天秤」のほうが辛辣かもしれない。(長澤まさみvs瀧内公美)でも役所広司演じる三上の描き方は容赦ないな。出所したばかりの人の中には、当たりの強い人や、典型的な”いい人らしさ”を感じにくい人もいるだろう。普通の中年男だってスマホやATMの操作に戸惑うことがあるのに、何年もシャバを離れて戻ってきた不器用な男が、うまくやれって言われても。。。

結局頼る兄貴を演じてるのが白竜ってのがまた、いかにもすぎる配役。今にも落ちそうになってたところを、どうにかこうにか非・極道の世界に戻ってきた三上は、コスモスの束と元妻の声に動揺しながら持病で息絶えてしまう。考えうる最もよい死に方かもしれない…出所以来誰も傷つけず、いい人のままで仕事も失わず、応援してくれる人たちの信頼も損なわず。(「よい死に方」って何よ?)

今初めて思ったけど、西川監督が”反社”とか王道を外れてしまう人たちを見る目には親しみがある。がんばっても空回りしかしなくて、こうなったら嫌だなというイメージばかりが現実になる人たち。この映画の三上を見る視線は、特に優しい。「ゆれる」や「夢売るふたり」では普通の人たちが落ちていくまでを描いていたけど、この映画ではすでに落ちていた男の魂が立ち直るのだ。死ぬけど。なんだか背中に羽が生えて天国に飛んでいけそうな死に方なのだ。

私がときどきボランティアに出かけている施設には、そこに関わったあとで亡くなった人たちの写真がたくさん飾られてる。みんな、いいことばかりじゃなかっただろうけど、いい笑顔なのだ。三上の写真もそこで笑ってるような気がしてくるな…。