映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

クリストファー・ボー 監督「特捜部Q カルテ番号64」3542本目

<ネタバレと言えそうなことを書いています>

シリーズ最高の作品と書いてる人も多い。私もそう思います。陰惨な死体もよくできてるけど、一番「人の琴線に触れる」作りになってる。

冒頭の、恋に夢中になっている若い男女に感情移入させておいての、彼女に対する冷血な仕打ち。いつもの「被害者が逆転して・・・」という残虐な殺人の連鎖に、心理的な納得感をうまく持たせてくれます。うまい。

カール警部補。いつもしかめ面、ろくなことを言わない。そんな彼が「謎を秘めた老女」と向かい合い、相棒アサドを介抱するからグッとくる。

この作品の監督、第5作は担当してないし、その後どんな活動をしてるかわからない・・・他の作品も見てみたいなぁ。

特捜部Q カルテ番号64(字幕版)

 

ハンス・ペテル・モランド 監督「特捜部Q Pからのメッセージ」3541本目

北欧的な、陰鬱な雰囲気、陰惨な殺戮方法、それと裏腹にも思える、感情が高ぶらない、乾いたというより冷気で固まったような人々。ぶっちゃけそれだけで北欧ミステリーを読んだり見たりする醍醐味がじゅうぶん味わえるのです。シリーズ3作目だけど、まだまだ飽きません。

しかし、<以下とつぜんですがネタバレ>因果応報じゃなくて、被害者が転じて加害者になるというパターン多いな、というか、だいたいいつもそうじゃない?現実は因果応報よりその方が多いのかもしれない。最初に誰かを加害した人が罰を受けることがないばかりか、その人の罪はそれほど重くなかったケースもある。ウイルスみたいに、悪はそれを受けた人の内側で増殖し、増強されて、さらに過酷な被害を、そこにいる最も弱くて純真なものにもたらす。・・・そんな連鎖。後味悪い。

でも見ちゃいますね。いつかこれに飽きるとき、北欧ミステリーを少しはマスターしたことになるのかな・・・。

 

ケン・ローチ監督「やさしくキスをして」3540本目

<ネタバレあります>

VODで見つけられず、TSUTAYAでDVDレンタル。テレビにつないでるDVDプレイヤー2種で再生できず、ポータブルDVDプレイヤーで見てるので画面ちっちゃいです。

パキスタン青年もアイリッシュ女性も若くてさわやか。自分のいちばん初々しかった学生時代の恋愛みたいに共感します。(※思い出はかなり美化されている)

制作時期は、「ケス(1996年)」よりずっと後、「Sweet Sixteen(2002年)」よりも後、明るく前向きな「明日へのチケット(2006年)」の前年の2005年の作品。「麦の穂を揺らす風(2006年)」以降は誰も救われないストーリーが多いように思ってたけど、「エリックを探して(2010年)」や「天使の分け前(2013年)」も「麦の穂」より後だ。ケン・ローチ監督は、誰も救われない映画ばかり撮る監督にだんだん変貌していった・・・と見るのは短絡だということはわかった。

そんな分析をしようとしたのは、この作品が「甘い」と感想を書いている人がけっこういたり、私から見ても「ひとつの愛が成就しそうに見えることがハッピーエンドなのではない」ということくらいはわかるけど確かにエンディングには甘い愛の喜びがあふれているのは、初期の作品だからだ、という理屈をつけようとしたからだ。(わかりにくい説明)

これって、日本人の私がアイルランドで仏教徒のまま現地のカトリックの男性と結婚する、というのと同じかもしれない。日本人はパキスタン人ほど差別されない、と思ってるとしたら、そこですでに私自身の認識に差別意識があるからかもしれない。実際は、現地の人のような英語もしゃべれず、小さい頃みんなが見た絵本もアニメも知らないし、中高生の頃に流行ったものも知らない私は、相当な部分で孤立するんだろう。夢の海外移住も、「日本人老人村」として高いお金を払う代わりに守ってもらえる繭みたいなところに住むのでなければ、苦労するのかもしれない。

20代の頃は、知らない人たちにビビりながらも、この映画のロシーンみたいにオープンだったと思う。世界は飛行機やインターネットの発達でどんどん小さくなって、料理も文化も人種もどんどんミックスして面白くなっていく・・・と思ってた。でもその後の数十年で、世界は小さく狭く細分化されて、ミクロのブロックで埋め尽くされていくようだ。まじりあった部分は、他の部分からすごい勢いで攻撃されたりしてる。自分の中の「世界」の認知がどんどんゆがんでいくほど、世界は平和から遠くなっていく。

一見幸せに終わるこんな映画を見ると、かえって不安になってしまっていろんなことを考えてしまうのでした・・・。

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エイドリアン・シェリー監督「ウェイトレス おいしい人生のつくりかた」3539本目

最近バラエティ番組の「衝撃事件」のコーナーで、この映画の監督・出演者のエイドリアン・シェリーのことを取り上げていて、見てみたくなりました。今すぐ見られるのはAmazonプライムの吹替版だけなので、それを見てみます。

感想としては、みんな書いてるように「パイが全部まずそうに見える(笑)」のはともかく、「アリスの恋」みたいな、よりどころのない女性が自立しようとしてもがく物語でした。こういう映画を見るとアメリカが好きになりそうになってしまいます。(嫌いなのか、私は)

パイがまずそうなのは着色料がすごいからだけでなく、チョコレートクリームにベリー類をぶち込んでぐちゃぐちゃに混ぜる、みたいなのが多いからかもな・・・。でもそれが彼女たちのソウルフードなのだ、きっと。初めて見るもんじゃ焼きに比べれば、世界中の誰から見ても食べ物に見えると思うし。

女性監督が作ると、キッチンでパイを作ることも、診察台の上で検査を受けることも、手術室で分娩することも、同じ目線でフラットに描かれるのが小気味いいんですよね。同僚も暴力夫も不倫相手も不倫相手の妻も。何に対しても幻想がなくて、すべてが日常。(パイコンテスト以降はファンタジー感満載だけど)

彼女の最高にハッピーな瞬間や、映画にこめた温かい思いはじゅうぶん伝わってきたと思います。

「衝撃事件」の後で、U-NEXTでHBOのドキュメンタリーも見ました。バラエティでははなはだしい誤認捜査が長期にわたって続いたようにまとめてたけど、彼女の夫が全編に出演してたドキュメンタリーでは、この映画や家庭生活、犯人が逮捕されてからのことを取り上げてました。お母さんによく似ためちゃくちゃ可愛い娘の成長も。幸せの絶頂で亡くなった彼女は、不幸だったのか幸せだったのか。立派な一生だったよ、という気がするのでした。

 

ダニエル・マイリック監督「ビリーバーズ」3538本目

KINENOTEに感想を書いた人がまだ一人もいないのは、この作品がVODで提供されていなくて、TSUTAYAで借りたDVDもハードディスクレコーダーで再生できなかったりするからかな。(最後の砦の携帯用DVDプレイヤーで再生できました。画面ちいさい)

救急隊員が連絡を受けて意識のない女性を救助に行ったら、カルト集団に囲まれて、同僚と彼女の小さな娘とともに拉致監禁されてしまいます。映画の冒頭に、そのカルトのスポークスパーソンがテレビのインタビュー番組でほがらかな司会者からインタビューを受けている映像があるのですが、カルトの人が無表情で、これだけでこの作品の空気がわかります。

今のところの評価も低いし、見た人もわずかだけど、なかなかカルトらしい雰囲気が出ていて良くできてるんじゃないかなぁ。。。これは今話題になっている団体よりも、1990年代に大きな問題になったあの団体のほうに似ているような。怖さは「サスペリア」(初代)くらいで、「ミッドサマー」「ウィッカーマン」には負ける。

結末が思わせぶりだったりして、それほど深刻にならずに見られるカルトの映画、としてはいいんじゃないですかねぇ。

ダニエル・アービッド 監督「シンプルな情熱」3537本目

原作者のアニー・エルノーがノーベル文学賞を受賞したと聞いて、すぐにこの原作を読んだ。なんて面白いことを書く人なんだろう、って思った。ある女性が年下の既婚男性と恋をして、バカみたいに溺れて、やがて恋が終わる、その間の自分の心の動きや行動を客体的に観察して冷徹に書く、その筆致といったら、論文を読んでるかのようでした。

原作が書かれたのは1991年。この映画はつい最近、2020年の制作。ここ数年、原作者のブームとか再評価とかが起こっていて、それが受賞やノミネートにつながったのかな。

彼女がおぼれた男を演じるのは、世界一美しく踊る男、セルゲイ・ポルーニンだ!小説の中では、かなり堅い仕事をしてる男だったので、こんな刺青だらけの”野獣系ダンサー”が演じるのはかなり異色だけど、中年にさしかかった女が溺れる相手としてはふさわしい。そういえば原作でも相手の男は旧ソビエトのどこかの出身だった。あまりロマンチックでもなく、趣味がいいわけでもない男だった。

「女」エレーヌを演じるレティシア・ドッシュ、透明感があってきれいです。でもなんとなく、論理より感性の人に見えてしまう。アニー・エルノーは眼光鋭い人だからちょっとイメージが違うけど、原作者に似てる必要はないかもね。一人の女の物語、だから。

劇中映画として「二十四時間の情事」が使われててロマンチック・・・とか思ってたら、情事の描き方は即物的だ。女の独白は冒頭にあるだけで、あとはすべて映像として見せる。この映像から、あの微に入り細に入った描写を感じ取るのは難しい。だから「大学教授が年下男性との不倫に溺れていくさまを赤裸々に綴った官能ドラマ」って紹介文を書かれてしまう。原作は「大学教授が年下男性との不倫に苦しみ、苦しむ自分を客体として観察し、綴ったエロい論文のような小説」なのだ。

 

ケネス・ブラナー監督「魔笛」3536本目

この映画の世界に入っていくのにすごく苦労してしまった。最初はオペラだからイタリア語かしら、などと思いながら見たし、解説を読んでから見直しても、歌のメロディに耳ばかり捕られてセリフ(字幕)が入ってこない。

たまたま女神たちに見出された普通の青年が、魔王に拉致監禁された姫を従者とともに救い出して姫と結婚するのだ・・・というストーリーは、あらゆるすべてのロールプレイングゲームに共通する、耳慣れたストーリーだなと思ったけど、そうなるとやっぱり、戦争の最前線で生き残った男たちが中世ふうの女神たちや姫のいる異世界へ飛ぶのが、ちょっと唐突で自然な気持ちで移行できないです。

「ファンタジア」、あのディズニーの名作と言われる作品が、私はまったくピンとこなかったんだけど、それに近い。音楽をどう聴いて頭の中で何を想像するかは、それぞれの自由だけど、断片的なイメージをそのまま見せるより、観客を大いに意識したエンタメ性を持たせてほしいなぁと思う。(ファンタジアで足りない私は貪欲すぎるんだろうか)

ケネス・ブラナーってシェイクスピア演劇出身だから、古典をいかに現代の人たちに「自分たちの物語だ」と思ってもらうか、長年苦心惨憺なのかもしれない。私はわりと、古いものは古いまま見て、最初違和感があってもだんだん入り込んでしまうマジックをじっくり味わいたいほうなので、ここまでサービスしてくれるとお腹いっぱいになってしまう。

でもいいのだ。私はモーツァルトが映画「アマデウス」で、死の床で書き続けていたのがどんな音楽か知りたかったし、ソプラノの人が「ア~アッハッハッハッハッハッハ~~~」って歌う不可思議な曲がどういう場面なのかも知りたかったのだ。初心者の私はむしろ正統から離れて混乱してる気もするけど、クラシック音楽の高~い敷居をちょこっとだけまたいだような気もします。