映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

テオ・アンゲロプロス監督「旅芸人の記録」998本目

大変長くて、きわめてわかりにくい(むずかしい)映画です、私にとっては。
ギリシャは観光したことがあるのに、全く未知の言語、全く未知の土地に見えます。
言語と歴史の知識がゼロだからですね。
この映画は、各場面の逃亡に字幕で日付を示すだけで、時代背景を一切語らずにいきなりエピソードに入ります。このままでは、何度見てもまったくわからない!

登場人物の名前が、アガメムノンクリュタイムネストラ、等と神話に出てくる神々のようでリアルに感じられなかったり、旅芸人の舞台衣装が私にはトルコ風に見えたり、いろいろな意味で混乱します。

あわててDVDを停めてwikipediaでざっくりと近代ギリシャ史を読むと… 1830年頃独立。→1924年にクーデター→1935年に王政復活→1936年にまたクーデター→第二次大戦では1941年にもうナチス側に敗退。戦後すぐに起きた内戦では、ソ連ユーゴスラビア、イギリス、アメリカがそれぞれの利害をもってそれぞれの側を支援し、共産主義側が敗退。1951年の選挙でやっと政局が安定する。

旅芸人の記録」がカバーするのは、1939年から1952年です。ということは、クーデター〜大戦でナチスに敗退〜内戦という動乱の時期の、いちばん不安定な立場の人たちを描いた映画ということですね。やっと少し見えてきました。

調べていくうちに、登場人物の名前が「オレステイア」というギリシャ神話の中の人たちと同じとわかりました。座長アガメムノンの妻クリュタイムネストラの不貞、アガメムノン殺害、息子オレステスが復讐で母と不倫相手のアイギストスを殺害…というのがこの映画との重なりの部分みたいです。

この映画は、ギリシャ人がギリシャの人やギリシャの苦難を知る人たちのために、歴史を語り継ぐために作った、「アンダーグラウンド」(ユーゴスラビア)とか「1900年」(イタリア)みたいな映画なんだな。(でもこの2つはわかりやすかった)日本でいえば、古事記忠臣蔵を前提に第二次大戦に翻弄される人々を描く、みたいなことでしょうか。前提知識のない外国人に理解させるのは不可能に近い。つまり、「旅芸人の記録」を見てわかったおもしろかったという人は、よほどギリシャ文化に造詣が深いか、よほど映画に関連して調べ物をしたか、あるいはわかった気になってるだけの人、だと考えられます。

いやぁ、深い深い。じわじわと、この映画の素晴らしさが染み込んできますね。
でも、願わくば、そういう前提が当然あるという状態で、初見で味わえたらどんなによかったか…。
緻密に徹底的にこの映画を作り上げた方々に敬意を表し、映画史に残る価値を評価したいです。でも、生々しく現実に起こったことに寄り添いすぎて、万人に理解可能な寓話として完成しきれていないことをマイナスして、70点とします。

同じ場面を、静止画かと思うくらい長い時間じっと撮ることもあれば、ひとつの場面で短時間に何ヶ月も何年もの時間を表現することもある(舞台を見てるみたい)。そういう技法も、興味深いけど知らない者には難しいですね。

パルチザンの人たちが乗っていた馬がすごく小さくてびっくりした。競馬のサラブレッドとは違うこういう馬はヨーロッパにもいたのね。