映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジョルジュ・シュルイツァー 監督「ザ・バニシング~消失~」2527本目

<ネタバレあり>

最後の10分間が‥‥。しれっと何の盛り上がりもなく事実の羅列のまま終わるこの演出が、監督自身の感情の欠落、レイモンの視点を感じさせてゾッとしますね。(もちろんそれが演出意図なんだけど)レイモンは、たとえて言うと「永遠に僕のもの」の主人公のような、破壊的な衝動を秘めてそれがときに抑えられない男だけど知能が高い。絶対完全犯罪をやり遂げるための方法を考え抜いている。そして決めたことの実践はただストレートに行うだけ。彼がやりたかったことは、生活感と幸福感のある普通の人に究極の恐怖を味わわせるという実験。映画の制作意図も、そういうストーリーを犯人の視点で冷徹に一つ一つ形にすること。

レイモンが、いろいろ実験してみて何度も失敗するのは、リアルさの演出になっていて、間抜けだから怖くないとか危険じゃないということにはならない。

ただまあ、突っ込みどころは実はすごく多い映画で、

・あんなにトライ&エラーする男レイモンが、レックスをおびき寄せる方策に関してだけはきわめて確信的で、ともすると自分が捕まる危険も大いにありうるのに考慮しないのは、テレビで見たレックスの人物像を知っていたというだけでは説明がつかない。何で急に人の心理を読みつくせる男に豹変できたのか。できないだろう普通。

・人を埋めてみたいという衝動を実践するほどのサイコパスなのに、彼女や彼が苦しむという「結果」を観察する機会をみずから放棄して、さっさと埋めてしまうというのが、わりとありえない気がする。興味本位で二階から飛び降りたときの彼は、腕が折れた痛みを実感することで満足を得る少年だったはずなのに。

・棺桶って、そんなに簡単に足がつかずに買ったり運んだりできるものなのかね。彼の車は普通の乗用車で、あんな大きな木の箱は乗らない。

…等々、細かいところはいろいろとアレだけど、この映画自体がひとつの実験なので、結末に向かって収束していくレックスの好奇心の行く末を彼の視点で味わって背筋を寒くするのが、正しい楽しみ方なんだろうなと思います。それにしても、まったく人の悪い映画だわ…。

逆に見どころと思う部分は、「失踪してから3年」っていう設定は、埋められた彼女が生き返ったりしていないことを確実にしてます。最後の、レイモンの家族が水やりをしてる場所は彼の秘密の山荘なのか?秘密の場所なのに家族来ちゃったの?二人とも新聞記事になってるってことは、おそらくレックスが失踪してから1週間くらいの時期だろうか。そうすると、もしかしたらハリウッド版(見てないけど)みたいに、一度別れた彼女が追ってきて掘り返してみたら彼はまだ死んでなかったという大どんでん返しも1%くらいはありうるかも?レイモンの行動はかなり雑で、子どもたちが大勢遊んでいる中でレックスにボコボコにされて、ナンバー丸出しで走り去ってるし。…まぁ、ないな。もしレイモンが逮捕される日がくるとしたら、サイコパスなので犯罪はこれに収まらず、同様の事件を繰り返すうちにとうとう逃げられない証拠をつかまれて、山荘を捜索されたら死体が30体も出てきた…みたいな、むなくそ悪い結末を遂げるのでしょう(←先まで想像しすぎ)。

いずれにしても、なかなか掟破りのアイデア勝負の一発芸でしたね。今見てもまったく古くありません。エドガー・アラン・ポーにこんな小説なかったっけ?「早すぎた埋葬(Premature Burial)」っていう。あれは意図的に埋められたんじゃなくて、死んだと思って埋めたら生き返ったって話だっけ…。 

ザ・バニシング -消失-(字幕版)

ザ・バニシング -消失-(字幕版)

  • 発売日: 2019/12/11
  • メディア: Prime Video