映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

マーヴィン・ルロイ 監督「心の旅路」3691本目

いい映画だった。

最近どこかでこの映画を勧めてるのを見て「見たいリスト」に入れておいたんだけど、先日一緒にご飯を食べた人(映画好きだということは初めて聞いた)から、彼女のベスト1だと聞いて、すぐに見てみました。

いい映画にもいろいろあるので、どういいのか説明したいけど、難しいな。戦争や時間の流れのせいで人間不信になってしまったら、そのときに見たい映画。人間ってやっぱりいいな、と思える。これを第二次大戦中の1942年に作れたアメリカは、大きな国だなと思う。

記憶を失くした状態で病院から逃げ出した軍人を助けるグリア・ガースンの凛とした美しさに惚れますね。陶器のような美しさは、すこしメリル・ストリープを思い出します。徹頭徹尾、弱みを見せない強さと愛情深さがまぶしい。男が黙って去った後の傷心は、昔ばなしとして少し触れるだけ。その後自分で勉強して、本来の姿に戻って成功者となった男の秘書になってしまう。踊り子のときの彼女も、敏腕秘書となった彼女も、違和感なく素敵です。

その男”ジョン・スミシー”(匿名の監督に使う「アラン・スミシー」とは関係なさそう)を演じたロナルド・コールマンはちょっと貫禄がありすぎる気もするな。ずっと奥歯にものが挟まったような演技には説得力があります。

この映画で特に素晴らしかった場面は・・・まず、男と結婚間近となったキティが、彼の迷いを見て取る瞬間の表情。愛する人の胸へ→自分との結婚に大きなためらいを感じている彼の気持ちを一瞬で悟ってしまう→悲しいけど身を引く、というわずか数分のあいだの気持ちの移り変わりが本当に見事でした。

あとはやっぱり感動のラストですよね。思い出しそう、でも思い出せない・・・を長年繰り返してきた彼が、細い糸をたぐりよせて、とうとうたどり着いた家。なぜこんなに惹かれるのかわからなかった秘書の”マーガレット(偽名)”が、その答だった・・・。「スミシー」「ポーラ」

映画のあいだ中ずっと、やきもき、はらはらしていた観客がここで100%救われます。カタルシスってこういうのを言うのね。現実にこんな大団円はないと思うけど、嘘っぽくていやだという気持ちが1ミリも起こらないのはなぜだろう。嘘を本当として、美しいものへと作りあげて届ける覚悟が、この頃の映画の作り手にはあったんじゃないか、なんて思ったりします。

わくわくしながらチケットを買って映画館へ行き、胸いっぱいになって帰る。この時代の観客がうらやましいなぁ。

あっ。この監督「悪い種子」と同じ監督だ!なるほど、嘘を本当のように見せる力量すごいわ・・。