カラマリってフィンランド語でもイカのことなんだ。このフランクの群れはフィンランドのイカ漁組合、ってことかな。彼らは現状の生活に行き詰まりを感じていて、町の反対側にある「エイラ」という場所を目指すけど、なぜか次々に殺されていく。
1回流して見たらまるで意味がわからなかったけど、2回目を見る前に、ふと思った。そういえば「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」が作られた1989年はまだソ連は崩壊していなくてサンクトペテルブルクはレニングラードと呼ばれてた。そんな中、監督はなぜあえてヘルシンキじゃなくて「レニングラード・・カウボーイズ」の映画を作ったのか。なぜソ連の合唱隊とコラボする必要があったのか。(いつも書いてるけど、フィンランドはマイケル・モンロー率いるハノイ・ロックスが国民的ヘビメタバンドという国なので、ネーミングに関しては何ら不思議はない)
そんなことを考えながら見ていたら、これけっこう怖い映画かも、と思った。意味もなく仲間の誰かや行きずりの誰かに一人ずつ殺されるフランク。みんな同じ名前なのは、誰もがこのフランクになりうるからかな。仲間たちは一瞬驚愕するけど、殺人者を追うことももしないし、軽い交通事故かなにかのようにフランクを置き去りにして先を行く。
いまとても戦闘的になっているお隣の国と、フィンランドは国境を1300キロも接している。この映画がつくられた1985年に、攻撃をいちばん恐れてたのはウクライナじゃなくてフィンランドの人たちだったかも。
この映画はカウボーイズがアメリカに行く数年前で、大勢によるパラダイスへの行軍・西側の音楽への傾倒・死の気配を、いまどきの3人組の漫才グループのコントみたいにシュールにまとめています。
もう1つシュールな点に気づきました。フランクたちの行軍は「カリオ」から「エイラ」を目指すんだけど、Google Mapで調べるとこの2つの町は車で11分という近さ。「エイラ」はフィンランド語でパラダイスを意味する架空の約束の地かしら、など考えていたので拍子抜けです。歩いたって数時間で着くので、途中で野宿をするのも、3日3晩飲まず食わずで歩くのも、脱落者を出すのも難しい。カイラは労働者の歓楽街、エイラは別荘地として知られているらしい。東京でいえば蒲田から田園調布くらいかな。最後、フランクたちはエイラをも離れて対岸のエストニアのタリンに向かうのですが、これはありそうな設定。私もフィンランドの短い旅行のなかで、「フェリーでタリンに日帰り(片道3時間)」ツアーに参加したくらいなんで。(といってもイカダみたいな船では遭難の恐れが)
もう一ついうと、フランクたちが根城にしていた「カリオ」は左派が集まるところでもあるとのこと。この「左派」はお隣の国寄りという意味ではないというか、真逆のような気もします。かといってアメリカへ渡ったカウボーイズはかの地で受け入れられることはなく、期待と現実のギャップの大きさを痛感する。複雑だな、フィンランド。
初期の作品をじっくり見ると、監督の問題意識や方向性など、のちの作品を見て不思議に思ったことの糸口がつかめてきて、すごく面白いですね。。。