映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

アキ・カウリスマキ監督「真夜中の虹」3754本目

邦題いいですね。もともとのタイトルは船の名前だけど、それだと日本人にはピンとこない。父親も相棒も亡くして仕事もない、お金もない、しかも脱獄囚だ。だけどいい女と出会えて、これから二人で南へ向かう船に乗る、そこに「オーバー・ザ・レインボウ」が流れる。真夜中の虹だ。真っ暗な中の希望とみるか、希望の先は真っ暗闇とみるか。

どの国でも観光ガイドには風光明媚な場所や栄えてるところしか載らないけど、必ず過疎の村があり、廃坑があり、失業者も犯罪者もいる。そういう場所、そんな彼らを描いた作品は強烈に惹きつけます。惹きつけられてるのは私yやちょっと変わった人たちだけ?いや誰が見ても引き込まれるんじゃないかな~。生の人間性とか、原始的な人間の知恵とか感情が現れてきていて。

それにしても、「どこか明るいところへの逃避行」が常にカウリスマキ監督作品にはあるようだ。アメリカだったり南へフェリーに乗ったエストニアだったり。この映画で彼らはメキシコを目指してるらしいけど、やっぱりエストニア経由かな、まさか北極海からは行かないだろうから。そのままスカンジナビア半島をぐるっと回って、デンマークを避けてスコットランド北方を通ってメキシコ湾に出るのかな。この監督の作品では徒歩3時間のところを2泊はするので、メキシコまでの旅路を描いたら映画10本くらいできそうだ。

移民も難民も、本当はどの国も嬉しくない、あるいは面倒だと思ってるんだろう(それにしても日本はあからさますぎて恥ずかしい)、どんなに人手が足りなくても、自国の人を雇うことと比較にならない手間がかかるから。さまざまなカルチャーの人たちと交わることで新しいものが生まれる、その産みの苦しみなんだからうまくやりすごせればいいけど、やりすごすのが難しいから映画ができる。その後2017年にカウリスマキ監督が、外へ出ていく人たちではなく、フィンランドへやってきた移民が登場する「希望のかなた」を撮ったことは興味深いですね。どの国の人も”隣の芝生は青い”わけで、長年監督が自己卑下してきたフィンランドに行って働きたいと願う外国人もたくさんいるわけです。

世界ってこれからどうなっていくんだろうな。国境は閉ざすことのほうが難しくなってるけど、画一的に見えてた各国の中のいろんなグループがどんどんバラバラになっていきつつある。かといって国境を越えた確固としたグループが別に形成されていく様子もなく、強かったコンクリートが破片になっていくように、ただただ細かく分かれていく。世界中の人たちがひとりずつ孤立を深めていく。せめてこうやって、自国では国民的な監督の作品をカルトのようにマニアックに楽しむアジア東部の日本人がいる、くらいのゆるいつながりをたくさん作れたら、私たちくらいは国どうしのケンカに反対しつづけられるだろうか。

前は笑って見てただけのこの監督の作品、最近はずいぶん深く考え込みながら見てるな~。

真夜中の虹 (字幕版)

真夜中の虹 (字幕版)

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