映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

菅原比呂志 監督「ぼくらの七日間戦争」2671本目

テレビでやってたので録画して見てみた。

1988年の作品。そろそろ平成に差し掛かって、もう昭和の匂いはない時代に宮沢りえは現れたと思ってたのに、学校ではまだ体罰がふつうだし、モルタル塗装の古びた校舎が古さを感じさせます。

宮沢りえと賀来千香子の輝くような美しさは、映画にしてくれといてよかったとため息が出ます。彼女たちのこのときの姿をずっと見られるというのはすごいことだ。

これ角川なんですね。最初はふつうの学園ものみたいだけど、だんだん「戦国自衛隊」みたいなとんでもない成り行きになっていくところがまさに。(もっと前に薬師丸ひろ子が機関銃ぶっぱなす映画もありましたね) 原作も売れたんだろうな~。今なら屈折した主人公が出てくるアニメみたいに、この年頃の子たちに勇気を与えて、うっぷんを一時的にしろスッキリさせたのでしょう。戦車まで出てきますからん。

今の先生方は、私の世代の人たちが校長とか教頭とかやってる世代だから、厳しい校則をよしとする先生ってもう少ないはず。2019年にアニメ化されたときのストーリーは、その辺かなり設定を変えたんだろうなと思います。

ぼくらの七日間戦争

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

バリー・ソネンフェルド 監督「アダムス・ファミリー2」2670本目

素晴らしい。この時代に子どもも見るような映画で、いかにもなサマーキャンプになじめない子たちをウェンズデー(クリスティーナ・リッチ)が率いて大逆襲、という痛快さ。自分かわいさばかりを訴える連続殺人犯デビー(ジョーン・キューザック、コメディエンヌ大活躍)がいくら殺しても死なないフェスタ―(クリストファー・ロイド)。アメリカの王道を行く価値観のいちばん自己中心的なところを、あますところなくおちょくった意外と社会的な映画だったんだな。1993年か。「ダンス・ウィズ・ウルブス」が1990年。なるほど、ハリウッドが反省を始めた時代の映画ですね。

ラウル・ジュリア好きなんですよ。早く亡くなったので「2」は別の人が演じたと思い込んでたけど、25年ぶりに見たらちゃんと彼でした。当時はけっこう過激だと思ったけど、今見るとかわいいもんですね。楽しい映画でした。 

アダムス・ファミリー2 (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

レジス・ロワンサル監督「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」2669本目

<ネタバレまくり>

書きたいことがいろいろありすぎる…!

まず、これは、映画好きより本好きがニヤリとする、翻訳者のための映画だと言いたい。翻訳者というのは作家よりさらに行間を深読みするのが好きで好きでたまらない、マニアックで偏執狂的な職業だと思う。(←いちおう翻訳者のはしくれだった人)そんな日陰の存在をヒーロー(そうだっけ?)にした映画なんて、後にも先にも多分この1本だけだろうな。

さっそくネタバレさせていただきますが、本を愛する人間にとって、名作を書く人間を抹殺したり、素晴らしい書店に火をつけたりする編集者なんてものは万死に値するのだ。という、私怨にとどまらない義侠心がアレックスにはあったのではないか。一方のエリック社長はもともと守銭奴だけど、オスカル・ブラックであると信じる男を私利のために焼き殺した(※彼は階段落ちしたあとまだ生きていた)あとは、その原稿で最大の利益を生み出すすことが、彼のレーゾンデートルなわけです。それがなければ自分は何のために人を殺めたのか。…その辺の設定を思い返してみれば、エリックの無謀さとアレックス(と仲間たち)の大胆さの納得感が、少しは増すんじゃないかなぁ?(それでも、警備員の遵法精神のなさとか、わざとらしく自宅に遠隔操作用PCを設置しておくこととか、ツッコミどころを上げればきりがないけど)

大名作だとほめちぎるつもりはないけど、この映画では本を愛する者たちが商業主義に反旗を翻していて痛快だった、と言いたかったわけです。

俳優は、母国語とフランス語を流ちょうにしゃべる人をよく集めましたね。

オルガ・キュリレンコはロシア文学でよくある不思議ちゃん的キャラで、この作りすぎ感が典型的な「気をそらすためのキャラ」だなとすぐに感じさせてしまいます。いいんだけど。そして数か国語に堪能な彼女は、緊迫の場面で通訳も演じることになります(後述)。

吃音のスペイン人を演じたエドゥアルド・ノリエガ、聞いたことあるなーと思ったらまさかの、「デビルズ・バックボーン」で冷淡な肉体派の若者を演じてた彼じゃないですか。幅広いな!

中国系フランス人を演じたフレデリック・チョーはそういえば中国語を話す場面はほとんどなかったけど、本当はベトナム移民だそうです。

英国人アレックスを演じたアレックス・ロウザーは、この映画のためにフランス語を勉強したんだって!これまでも天才少年役とかをやってたらしい。この映画の彼の存在感は「ユージュアル・サスペクツ」を思わせますね。テッド・チャンとかケン・リュウとか新進気鋭の中国系SF作家には、小柄で一見地味で、本業がコンピュータ―エンジニアでベストセラー作家という人もいる。アレックスのキャラクター設定そのものは、いそうな感じだと私は思いました。

ところで、日本語の翻訳者が登場しないのは、今フランス人が読みたいのは村上春樹じゃなくて劉慈欣(「三体」シリーズね)だからじゃないだろうか。ハルキの翻訳者ではパリの町を縦横無尽に運転する役は務まりそうにないし。(ちなみに、それ以外で日本が出てたのは高速プリンターだけじゃなくて、音楽が日本人の三宅純だ)

緊迫の場面で翻訳家の面々がエリックに知られずに布陣を敷くためにスペイン語で話し始めると、中国人が文句を言うのでオルガ・キュリレンコが通訳、ギリシャ人も文句を言うけど放置、とか声をあげて笑ってしまいました。この映画は多分ブラック・コメディだと思う。

アレックスの命を救うことになる大著「失われた時を求めて」は、名作というので読み始めてみたことがあるけど、私には退屈すぎて10ページくらいしか読み進められなかったことを告白して、結びとさせていただきます。

9人の翻訳家 囚われたベストセラー(字幕版)

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  • 発売日: 2020/07/03
  • メディア: Prime Video
 

 

マーティン・スコセッシ監督「ラスト・ワルツ」2668本目

私このDVDを15年くらい前に買って、その鮮烈な出会いでファンになってしまって、その後CDを何枚も買ったくらいなのに、いくら探してもDVDが見つからないのでレンタルしてしまいました。彼らのドキュメンタリーをまたスコセッシ監督が作るというニュースを見て、これは復習しておかなければ!と思って探したのに…。

ザ・バンドって女が惚れる男の魅力のすべてを持ってる、と思う。(多分、男が惚れる男の魅力も持ってるから、男性に圧倒的に人気なんだとも思う)さわやかで色気と茶目っ気があって、無邪気で音楽に一途で仲間とひとつになっていて。おまけに、町から町へと巡業して回っているから、旅人のロマンという最高のマジックスパイスまでかかっている。突出したプレイヤーはいないけど、世界中のどのバンドより長い間一緒に演奏して回ってるからアンサンブルの妙がほかのどのバンドより美しい。誰かひとりがイケメンっていうのでもなく、ロビロバもリック・ダンコも リチャード・マニュエルもリヴォン・ヘルムもガース・ハドソンもそれぞれ素晴らしい。こんなに可愛い男たちがほかにいるか、という。(落ち着け私)

このドキュメンタリーの構成が頭から泣ける。アンコール最後の曲を冒頭に持ってきてるんですよ。サヨナラからの出会い。解散ライブとか死亡記事をきっかけにファンになる人ってけっこういるんですよ…この切なさどうしてくれよう。

1976年当時の私が一番好きな時代のアメリカの、ヒッピーっぽい若者たちの入場の行列。ステージ上のメンバーたちの、やたら大きい襟。

ロビー・ロバートソンは中ではうまく立ち回ったやつとして悪役みたいに言われることもあるけど、トレインスポッティングで言えばレントンだ。どこか図太い芯みたいなものがあって揺らがずに生き延びる。そしていくつになっても若くして失われてしまった仲間のことを語りつづける。

「I shall be released」で全員そろって締める、という場面をもっと若い人たちのフェスでもずいぶん見たけど、これが元祖だ。ボブディラン&ザ・バンドだ。

数十年前、田舎でガールズバンドをやっていた頃、どこからともなくショッピングモールで演奏する話がきて、何曲かやったことがあった。おこづかいくらいはもらえたんだろうか。打ち上げして一人暮らししてるメンバーの家にみんなで泊った。高校生だったけど誰かがパチンコで勝ってもらってきたお酒を飲んだような気もする…ああいう生活を16年も続けるってどういう感じだろう。実力も体力も度胸もなくて、私はふつーのおばさんになってしまったけど…

音楽を聴く感覚は、映画を見るときの全面的な没入感とは全く違う。音楽は目を閉じて聴いても、空を見ながら聴いてもいい。脱力して身を任せられる。言葉とか論理を全部スルーして右脳だけで感じる、ということができる。こういう感覚が今の自分には足りてなかったかも、と感じます。

ついこの間、キャロル・キングが2016年にロンドンのハイド・パークでやったコンサートが無料配信されているのを見て、なんかものすごく感動してしまった。それと同じ種類の音楽の喜びがここにはある。ハイド・パークの白夜みたいに更けない空の下で、あるいはカリフォルニアのコンサートホールで、一生のうちに何回か「ああ生きててよかった」と思える音楽に出会えたら、こんな幸せなことはないです…。

ラスト・ワルツ (2枚組特別編) [DVD]

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  • 発売日: 2017/04/26
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感想も書いてなかったとは。

アラン・J・パクラ監督「コールガール」2667本目

なんか全体的に暗い映画ですね。サスペンス映画みたいだけど筋はわりと追いづらい。ジェーン・フォンダ演じる「高級コールガール」とドナルド・サザーランド演じる「私立探偵」というハードボイルドで都会的な人物像が魅力的に描かれているので、それだけで映画の楽しみとしては十分ではありますが。

筋が追いにくいのは、コールガールの動きが筋と関係ないものが多いからかな。カウンセリングに行ったり、なんとなく深遠なことをつぶやいてみたり。身体を売る身だけど女優のはしくれでもあり、それ以前の教育の高さも感じさせる。普段の生活は至って地味で普通の女性。映画の原題は私立探偵のほうの「クルート」なんだけど、人物像を詳しくなぞられるのはコールガールのブリーの方なので、邦題「コールガール」は正解じゃないかな~。日本公開時に「クルート」ってタイトルだったらけっこう戸惑ったかもしれません。私立探偵クルートの方は、かなり早い段階で怪しまれている依頼主とブリー、関係者たちの間を行ったり来たりしながら自分は真実を知らずに右往左往しているように見えます。

ジェーン・フォンダの印象は「バーバレラ」なので、まったく失礼な話だけど「この人ほんとはあたまいいんだなー」という印象…言ってる私自身がバカっぽくてすみません… とにかく演技派だったんだなぁと改めて。彼女のイメージって、かわいこちゃんとして大売れして、社会問題に目覚めて自分でどんどんアクションを起こすようになるところが今でいうリース・ウィザースプーンみたい。売れた自分の地位におぼれず、つぶれず、自分で考えて変わっていけるのって、なかなか真似できません。

この映画の暗さって「ルパン三世」っぽいんだな。ニヒルというか厭世的というか。一つの世界を確立しているのがなかなか素敵でした。

コールガール [DVD]

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  • 発売日: 2015/12/16
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ジーン・ケリー監督「踊る大紐育」2666本目

これってジーン・ケリーが監督もやってるんだ。踊りというより冒頭からいきなり目立っていると思ったら、3人の水兵さんの一人はシナトラだ。もう一人はジュールス・マンシュイン。3人の歌と踊りのうまい水兵さんたちが歌いながらニューヨークの観光名所をめぐります。楽しい。観光映画か?(笑)

ジーン・ケリーって筋肉質で、フレッド・アステアみたいな私のイメージ通りの線の細いダンサーとは違うんだけど、森末慎二(懐かしい?)みたいな体操選手と同じタイプだと思えば納得できる。 

3人の水平さんはそれぞれ素敵な女性を見つけ(あるいは見つけられ)、たった一晩のニューヨークの夜を盛り上げようとします。エンパイアステートビル(当時もっとも高かった)の展望台で夜8時に待ち合わせて、11時半に一人が抜けてもそれからまたバーに繰り出す…ってなんて不夜城なんでしょう、戦後間もない1949年に。

クラブをはしごしてるのに、最初の店では黒人女性ダンサー、別の「上海」って店ではアジア系のダンサーがまったく同じダンスでフィナーレっていうネタとか、細かくて楽しい。

水兵さんは時間がないからすごく急いで口説こうとするんですね…今も同じなのかな。豪華クルーズ船で立ち寄った町での出会い、みたいなもんかな。

こういうディズニーランドでデートするみたいな映画って好きです(※ミヒャエル・ハネケだってタル・ベーラだって好きだけど)。たまにはこういう影のない光だけの映画を見るのもいいもんですよね…。 

踊る大紐育 [DVD]

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  • 発売日: 2015/12/16
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オリヴィエ・ダアン 監督「エディット・ピアフ 愛の賛歌」2665本目

「ピアフ」ってスズメのことだったんだ。もしかして、美空ひばりの「ひばり」はこれを真似たんだろうか。と思って調べたら、命名者や命名時期は諸説あるそうですが関係はなさそうですね。時期的にありうるかなと思ったけど。

この映画はとにかくマリオン・コティヤールがいつもと別人で、マリオン・ピアフだ!歌声は本物を流しているらしいけど、しゃべる声すら似てる気がしてきます。街角に立って歌う娼婦の母からまともに世話もしてもらえなかったり、大道芸人に連れまわされたり、みごとに恵まれない幼少期を過ごすエディット。その頃と、晩年近い彼女の場面が交互に映し出されるのは、極端な富と名声とを対比しようとしたのかな。あるいは、モルヒネらしきものを注射して横になっている晩年のエディットが、もうろうとした意識の中で繰り返し回想しているのか。彼女の生涯はフランスの人たちにはおおかた知られていて、説明的な映画なんて求められてないからこうなるんだろうけど。

パリは第二次大戦の前も後も美しい都会、諸外国の人たちがみんなあこがれる街、というイメージが強くて、彼女のような生い立ちの歌手が国民的歌手として愛され続けているという事実を飲み込む前に少し時間がかかってしまう。どんな町にも、輝きの裏に階層があって地味な労働や人知れず闇で働く人たちに支えられてるなんて、考えなくても当然のことなのに。 

マリオン・コティヤールのほかに、エマニュエル・セニエが彼女を大事に育てる娼婦、彼女を見出して名付け親となる支配人にジェラール・ドパルデュー(以上、私でも知ってるフランス人俳優)。回想部分の彼女は大人の女性になり、いつものマリオン・コティヤールにいちばん近い。街角でも高級クラブでも、エディットの歌声はすごく庶民的だ。悪く言えば「下品」かもしれない彼女の歌を嫌ったフランス人もいたんじゃないだろうか。逆に、生の感情そのままに恋をして人生を楽しみ歌を歌う彼女をうらやましく思ったり憧れたりした人も多かっただろう。

歌姫にも娼婦の幼い娘にも、貴族にも軍人にも、人生の喜びってあるんだろう。いま自分が持っているものを喜び、悲しみ、生きるっていうことに集中する。そういうことに立ち返って、ぼろぼろになるまで愛して傷つく。

マルセルの乗った飛行機が落ちた朝の場面には胸が痛みました。こんな恋愛ができた人は幸せだとうらやみたくなるけど、本当はどんな人もみんな、胸を痛める恋愛を同じようにしてきてるんじゃないかという気もする。自分の感情と向き合うかどうか。

たった47歳で亡くなったはずのエディットが晩年は70代のおばあさんに見える。なんか泣けてくるんだけど、彼女が可哀想というのではなくて、あまりに痛切で正直で美しい人生だなぁと思えるから。

それにつけてもマリオン・コティヤール。ここまでエディットになりきれる役者魂に、アカデミー主演女優賞も納得でした。いっしょに波乱万丈の一生を生きたみたいに、見終わったら疲れてしまった…。

エディット・ピアフ~愛の讃歌~(字幕版)

エディット・ピアフ~愛の讃歌~(字幕版)

  • 発売日: 2017/07/25
  • メディア: Prime Video