映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

アッバス・キアロスタミ監督「ライク・サムワン・イン・ラブ」3141本目

<ネタバレあり>

予告編が邦画ばかりだし、冒頭のバーにはケバい若い女性たち。ちょっと昔の日本映画だよな…と改めて監督名を確認して驚いてしまった(わかって借りたはずなのに)。

この監督の作品は、イランでもトスカーナでも、コミュニケーションのズレ、連絡の食い違い、誤解、嘘、がいつも発生する。この作品では、上京して”エスコートクラブ”でバイトしている女子大生、明子が主人公。場所や人の説明がないまま進むので、何度か巻き戻ししながら見ました。自分の理解のためにあらすじを書くと…

冒頭、彼女がいる派手なバーには、同じバイトをしてる友達の”なぎさちゃん”やクラブの社長がいて、どうやらバイトの待機場所らしい。その日の朝に上京してきて、彼女をずっと待ち続けている祖母。だけど、会いに行くと、この仕事をしているという疑いが確実になってしまう。

明子は結局、社長が無理に入れたエスコートの仕事で、ある老人の自宅にそのままタクシーで向かう。その住所を見つけられず、タクシー運転手が道を聞きに入った居酒屋をまさに出ようとしていた老人が、その客本人。誰もが誤解をして、はぐらかす本人たちは嘘にずぶずぶはまっていく。客である元大学教授は、もうこの先どうなってもいいと思っているのか、「大丈夫、大丈夫」で通そうとするが、明子の彼氏に車を修理してもらっている間に旧知の男にばったり会ったことから嘘がばれて…。

ばれた後は明子が殴られて、教授の家に彼氏が殴りこんきて、完全に詰んじゃったけどさあどうする、で終わります。この終わり方は大丈夫なんでしょうか(笑)

「トスカーナの贋作」の、嘘と本当が完全にミックスしていく不思議な感じは、フランスの映画ならありそうだけど、日本が舞台だと違和感ありそうだなと思ったものでした。やってみたらやっぱり難しかった(笑)。面白かったけど置いてけぼり感が強い。キアロスタミ監督は善悪も幸不幸もなく、やっちまったことと、そこから分岐してしまった運命を、ただ広げて見せる。ものごとを収束させて終えることがない。

なんとなく、面白く見ている映画は、誰か一人でもいいからまあまあ幸せに終わってほしい、と多分私は思っているから、見終わってもまだ咀嚼できてないです。このあと駐車場の向かいのオバサンが110番して警察が事情聴取、明子の違法なバイトと老人の違法な買春と彼氏の暴行で全員逮捕だ。監督の映画は、嘘のほうが生き延びることが多くなかったっけ?どうして今回はカタストロフィなんだろう。みんな悪いやつだから?イランでは作りえない、売春が中心にある作品だから、どこか監督の正義感が現れてくるのかな。嘘が暴かれたところで誰も死にゃしない、と思ってるのかな。まあその通りだ。

多分、この作品を初めて通しで見てスカッとする人は、売買春をする人たちを普段から快く思ってない人たちかな。私も快くないけど、映画の中心にいる人たちにはどうも感情移入しがちなんだよな…。と考えると、だんだんこの結末でいい気がしてきました。

もっといろんな国で、様々な映画を撮ってみてほしかったです。