映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

黒崎博監督「火の魚」2637本目

冒頭で離島の連絡船に乗り込むのは室田日出男…えっ違うの?とボケをかまさずにいられないくらい室田日出男似の、原田芳雄。尺は劇場用映画にあるまじき54分間。(もともとNHKのTVドラマだから)監督はNHK職員の黒崎博。その後「セカンドバージン」も映画になりましたね。地方発ドラマとして広島局が制作したものだったんだ。東京や沖縄の離島ともかなり違う、人里離れた島の風景に引き込まれます。そして何より、脚本が渡辺あやだ。このドラマがあったからその後の朝ドラ「カーネーション」があった。あれも尾野真千子が主役で、NHKにあるまじき不倫がテーマにあるのにすごく琴線に触れる名作になりました。

金魚が女の子になった小説が売れているという。それは「蜜のあわれ」だ。このあいだ二階堂ふみが主役をやったやつ。 それを執筆中の室生犀星の担当編集者を描いたのがこの小説、というからメタだ。

荒く漉いた原稿用紙の上をすべる万年筆、薄暗い部屋の窓から差し込む夕陽が金魚鉢に当たる、など印象的な映像が続きます。なんだか古めかしい映像。2009年の作品なのに。

それにしても、尾野真千子ってどうしてこんなに良いんでしょうね。彼女の良さって、倍賞千恵子の良さみたいだ。中に太くて真っすぐで澄み切ったものが入っている人のたたずまい。演技もいいけど演技をしなくてもいい。ぶれない。

DVDの特典にメイキングというかドキュメンタリーみたいな詳しい映像が入ってて、それもまた良いです。監督がとことん出演者たちと話して、納得しながら作りこんでいくんだ…。もともとは花束を渡さずに帰る筋だったのを、原田芳雄が主張して最後に会話する場面ができたんですって。Wikipediaによると彼自身が余命宣告を受けてから間もなくの作品。うん、この作品は、最後に二人が話せてよかった。作品がそれで成仏できた、と思う。

(「蜜のあわれ」の初版は本当に金魚の魚拓だったんだ。)

劇場版 火の魚【DVD】

劇場版 火の魚【DVD】

  • 発売日: 2012/07/21
  • メディア: DVD