映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ウェン・ムーイエ 監督「薬の神じゃない!」2857本目

面白かったし、じわっといい映画でした。

しかし論点を整理しておく必要があるな。最後の、インドの製薬会社の製造継続が認められたというテロップで当時のニュースを思い出したんだけど、この映画は(1)知財面から見ると「ジェネリック薬品(として承認されたもの)」ではなくスイスのノバルティス社の特許が生きているグリベックという抗がん剤をインドの製薬会社が許諾なく製造した「にせもの」を中国の業者が密輸・販売した事件であり、(2)保健行政の面から見ると、国によって異なる薬剤の輸入規制や薬価の管理、健康保険の適用に関わる問題でもあります。もっというと(3)日本や多くの国々では特許権は出願から20年間認められる独占権だけど、国ごとに登録されるものだし、システムもそれぞれ若干違う。その当時のインドでは、遅れていたのか、あえてなのか、他の国々のようにはノバルティスの国際特許出願が登録に至っていなかったそうです。この事件では、国策として、先進国に特許使用料を払うより類似品を製造させて国内に流通させることのほうがプラスだ、として製造を認める判断をしたってことですね。特許には強制実施権ってのもあって(めったに認められないけど)、生命にかかわる新薬が高すぎて人がどんどん死んでるような場合や、致死性の高い感染症が世界中に蔓延してるときに、特許料とか言ってないで今は誰にでもタダで作らせろ!とその国の特許庁が指示することも可能。

当時、特許権が生きてる薬を勝手に作ったインドの会社が裁判で勝ったって聞いてすごくびっくりして、これじゃ偽ディズニーランドが平気で営業してる国と同じじゃないかーって思ったものでした。製薬会社の肩を持つわけじゃないけど、巨大企業がバンバン合併しないと生き残れないくらい、製薬業はバクチ並みに当たり外れが大きく、当たった薬品でなるべく利益を貯めておこうと思うのは企業としては当然。

日本は国民皆保険のある幸せな国なんだけど、だからこそ健康保険が赤字にならないよう、いくら製薬会社がお金と労力をかけて世に出しても、保険適用になった薬の価格は、毎年厚労省が見直して下手すると数十%も引き下げられるシステムになっています。それがあるから私たち誰でも、高価な新薬の恩恵に割合あずかれるわけ。

インドのグリベックの製造の裁判では、「国境なき医師団」がインドの会社を強力にサポートしたっていうニュースもありました。どんどんやれやれ、と思う一方、すごい新薬を開発できるのって、ゆったりとした環境で研究開発にお金をかけられる会社が存在するからでもあります。その辺のジレンマがあるから、ビルゲイツみたいな大金持ちが私財をなげうってマラリアやエイズやコロナの研究開発をやらせてるわけだ。製薬会社がドタバタ倒産するのも、世界中のお金のない病人たちがバタバタ死んでいくことも、両方避けたいから。どっちも守らないと共倒れになるから。

「政府は無駄遣いしてて国会議員は贅沢してて、ズルをしてる人だけが儲かってるから、可哀そうな人のためにもっとお金を使ってあげて!」みたいなことばっかり言ってる人が世の中にはいっぱいいるけど、無尽蔵に税収のある国なんてないし(いやドバイならあるかも?)、無駄遣いを正せば可哀そうな病人を全員手厚く治してあげられるほどのお金がどっかから湧いてくるわけじゃない。

だから…というわけじゃないけど、私は、誤解をおそれずにいうと、Twitterで政府や製薬会社の悪口を言ってる人たちより、薬を密輸したり盗んだりして今そこにいる人の命を助ける人のほうが好きです。政府の批判なんかせずに、ヒーローになろうともしないで、違法のリスクを冒して必要な人に必要なものを届け続けようとした、この映画の犯罪者たちを、私は強力に支持するなぁ。

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