映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジョエル・コーエン監督「ミラーズ・クロッシング」3156本目

なんでこの映画を見てなかったんだろう?コーエン兄弟の傑作と言われてるらしいのに。実際、傑作でした。隙のないよくできた作品で、笑うか感動するか迷うような、人間の可笑しさを絶妙に描いています。

ガブリエル・バーンって他の映画で見ても(「ヘレディタリー」でひどい目にあう父親とか)注目してこなかったけど、この映画では完全無表情で頭の切れる男を完璧に演じてますね。彼は目立ちすぎてはいけない。喋りすぎてはいけない。基本的に自分のことは話さず、相手に突っ込むことで身を守っている。彼との対比で、ジョン・タトゥーロの最低な演技がまた完璧すぎて、俳優自身のことを嫌いになってしまいそうです。なんて演技がうまいんだ、この人たちは。イタリア系マフィアのボスの下世話さ、スティーブ・ブシェミの品のなさ(ほめてますよ!)。マーシャ・ゲイ・ハーデンはこれがデビュー作とは、なんて有能な。難しい役だと思いますよ…誰とでも寝るビッチだけどプライドを失わない。その後もあらゆる映画に出てますね…。

そして、この映画はアルバート・フィニー演じるレオに惚れる映画だ。おっさんなのになんて強くて敏捷なんだ!こういう、ちょろちょろと混ぜてくる意外性が面白さの琴線を刺激するんだよな。

で確かに市長秘書はフランシス・マクド―マンドだ。赤毛の短髪でマニキュア塗りながら受付してる…彼女らしさの対極だけど、はまっている。さすがだ。

ガブリエル・バーン演じる主役、クールなトムはレオに一目置いていたけど、欲しかったものは女だった、とまとめてしまうと途端に面白みがなくなるけど、それ以外はノンポリというか日和見だ。そうでないと映画が面白くならない。人や出来事に振り回されて、あっちに行ったりこっちに来たりしないとつまらない。そして、欲はないのに賭け事が好きで金がない。ダメすぎると見てる者が入り込めないし、クールすぎてもダメ。タランティーノ監督も映画好きの極みで、彼の場合エンタメに突き進んだけど、コーエン兄弟は彼らが思う「面白さ」(笑えるかどうかでも、盛り上がるかどうかでもない)を突き詰めようとするから、これみたいに玄人受けの作品ができちゃうのかもな…。この映画が好きな人は、私と同じような見方、楽しみ方をする「映画好き」なんだろうなと思ったのでした。