映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

フェルナンド・メイレレス 監督「ブラインドネス」3320本目

原作のジョゼ・サラマーゴ「白の闇」を読み終わったところ。パンデミック物ってことで読んだんだけど、強烈な作品でした。「複製された男」も彼が原作なんだけど、さすがの面白さ。面白いけど胸が悪くなるような世界。で、映画があとになりましたが、伊勢谷友介と木村佳乃が出てますね。二人とも、英語圏で暮らしていたことが反映されてる感じで英語を話していることに全く違和感がありません。原作では人種の違いには何も触れられてなかったので新鮮です。「グレイズ・アナトミー」のサンドラ・オーも出てるし、黒い眼帯の老人はアフリカ系。眼科医はマーク・ラファロ、キーとなるその妻はジュリアン・ムーアという安心感のあるキャスティング。原作はポルトガルのどこか、右も左もわからないところで知らない人たちの間で起こったような心もとない感じがあったけど、映画の舞台はアメリカのどこかのようだし、なんだか安心して見られます。

それに、テキストだけだと読んでいる自分も情景が見えないような気がするけど、映画の映像は雄弁で、どこか可笑しくさえあります。

大きな違いは、テキストで繰り返し「汚い、臭い」と書かれていたのが映画では(当然、見る人を意識して)かなりソフトな表現になっていて、荒れている感じはあるけど汚物にまみれて暮らしているというほどの感じはしないこと、かな。原作を見ても映像を見ても、秩序を常に守ろうとすると言われている日本が舞台だったらどう違っただろう?実はあまり違わないのかも?とか思ったりもします。

映像を見て初めて気づいたのは、女性がこれだけいるのに生理についてほとんど触れられていないこと。原作には「私が少し持ってる」って箇所があった気もするけど、これほどの期間にわたると、生理用品などすぐになくなっただろうから、女性たちは血まみれで恐ろしいことになってたのでは…。

混乱に乗じて王を名乗る男をガエル・ガルシア・ベルナルが演じてるのもハマり役。激しさだけじゃなくて悪も備えた俳優なので、こういう役が映える。

この作品って原作でも映画でも、誰も名前がないんですよね。現実だったら不便だから仮名でもつけて呼び合うだろうな。原作にあったけど映画にない場面は、サングラスの女の体を触りまくった車泥棒がハイヒールのかかとで蹴られて、その傷がひどく化膿したあげく、最初に撃たれて死ぬくだり、あと、スーパーの地下に再び食料を取りに行ったら人が地下室の入口で大勢死んでたという悲惨な場面…くらいしか思い出せない。

<ネタバレです>

最初に見えなくなった伊勢谷友介が突然視力を取り戻す。原作でそこから何らかのネガティブな示唆とか、見えていた医者の妻が見えなくなるんじゃないか、と恐れる話は書かれてなかったと思う。突然見えなくなった人が、突然また見えるだけ。その間にたくさんの人が死んで、すべての秩序が一度は失われてしまった。これから新しく構築される世界は初めて本当のバリアフリーになるだろうし、またいつ盲目の時間が発生しないとも限らない。

突然視力を失うのは恐ろしいとみんな思うけど、一人二人じゃなくて世界中の人が視力を失うという世界の恐ろしさまでは考えたことがなかったはず。そこがこの作品の凄さで、人間が築き上げてきた秩序がいかに脆いか、聴覚などの他の器官に比べて視覚がどれほど必要不可欠か(一人の人にではなく世界の秩序を維持するのに)を思い知りました。

うむ。原作を読んで映像も見る、というのがベストで、順番もこれでよかった気がする。面白かったです。すごく。

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