映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ベンジャミン・リー監督「画家と泥棒」3512本目<KINENOTE未収録>

<内容に触れています>

U-NEXTでもAmazonプライムでも字幕付きで公開中だけどKINENOTEには情報がない。これは紛れもなく”映画”だけど、日本で劇場公開かビデオスルーされないものは載らないんだよな~。VODも混ぜてやってください是非。

ギャラリーで展示中の絵を盗まれた画家が、盗んだ泥棒に会って彼の絵を描くというドキュメンタリー作品で、多くの人たちが絶賛している・・・という事前情報ありで見てみました。

この作品はノルウェーでの制作。画家バルボラ・キルシコワはチェコ人だけどノルウェーのオスロで活動している。彼女がカメラに向かって、あるいは泥棒本人カール=ベルティル・ノルドランドと話すときの言語は英語。それは彼女自身が外国人だから。

とてもテンポよく、どんどん展開するので夢中になって見入ってしまいます。バルボラの、いつも目をきらきらさせて事件にも犯人にも好奇心まんまんな様子に、驚きつつ、なんだか気分が盛り上がります。彼女のたぐいまれなパワーによってなにか美しいものが作られていくんだろうか。

でも暗転します。泥棒カールは連絡を絶ち、また盗みをはたらき、逃走時に事故を起こして重傷を負い、画家はそこで立ち止まらざるを得なくなります。

カールが語る自分の今までのこと、画家について思うこと。ここから映画はさらに強烈に面白くなります。太陽のように見えていたバルボラの描く素材は、実は骸骨や死だ。彼女の絵は”重すぎて部屋に飾れない”とカールは言う(「美しかったから」と盗んでおいてだ)。彼は刑務所のなかで何度もバルボラに留守番電話を残す。彼女が世界と彼をつなぐ細い”蜘蛛の糸”のよう。でも出所したカールはふっくらとして幸せそう。新しい真面目な彼女ができていた。一方のバルボラは、カールに「見るからにひどい状態だ」と言われてしまう。浮くものあれば沈むものあり。

そして、バルボラが描いていた絵は・・・。

人間はなんて複雑なんだろうね。私や周囲の人たちを含めて、薄っぺらい、平べったい人なんていなくて、みんな底知れない経験をしてどんな作家にも書けない深い人間性を持ってるのかも、と思えてくる。

事実って、なんて一筋縄でいかないんだろう。誰も何もヒントを与えてくれない。唯一の答えは存在しない。自分の心を揺さぶったものを言葉にできない。う~~む。こんな二人に出会えたらドキュメンタリー作家は震えるだろうな。すごいものを見せてもらいました。

画家と泥棒(字幕版)

画家と泥棒(字幕版)

  • バルボラ・キシルコワ
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